星を喰む

鮒しめじ

プロローグ

 「ねぇねぇ、聞いた?もうすぐ勇者様たちが来るんだってぇ」 


 「聖女様と同じ時期に学園に籍を置くことになるなんて…。今日まで生きていて良かった。帰ったらいつもよりも長くお祈りをするとしよう。」


 「あんた、今日は預言の勇者一行が来るんだよ。ぐずぐずしてんじゃないよ。胸を張って、新入生としてもっとしゃきっとしな。」


 浮足立った学生や感動で咽び泣く学生、不安そうにしている学生に渇を入れる老婆など様々な立場、種族の者が今日の晴れの舞台である学術の国カデミアに集った。


 そんな晴れ舞台を祝うような澄み切った快晴の空の下、人々は陽気に往来を行き交っている。そして、あちこちに乱立している屋台や出店からは客引きの声が途絶えず聞こえてくる。この都市には普段から多くの学生や各地から様々な学問を修めんとする者たちが集い、賑わいを見せる。だが、今の状況と比べると随分と穏やかなものだ。


 今日はカデミアにとって重要な日である。この国の各都市にある学園で入学式が執り行われる。それに合わせて各学園の近辺で学生たちの新たな門出への祝福ととある人物たちの歓迎を兼ねた祭りが行われるのだ。普段は学生の安全や学園までの道が混雑することなどを考慮してこのような催しが開かれることはない。だが、今年は各方面から祭りの開催の要請があった。

 それもそのはず、今年は預言の勇者一行と呼ばれる青年たちがこの国の学徒の一員に加わるのだ。あらゆる種族の救世の期待を背負い、未来を切り開かんとする勇者一行。彼らはこの世界の多くの人々の心の拠り所となっている教会が告げた預言によって招集された。預言の象徴となっている勇者や教会の顔として民衆から絶大な支持を得ている聖女をはじめ、各国、各組織の代表である一行は色々な意味で注目されている。


 そんな彼らを歓迎するため街は色鮮やかな装飾で飾り付けられ、ここぞとばかりに商機を嗅ぎつけてきた商人たちの屋台が集結したのだ。そして、世間の期待と様々な思惑が渦巻く学術の国カデミアの都は彼らの来訪を待ち望んでいた。


 

 この物語において勇者一行は救世の道のりと大団円を迎えた彼らが安泰な暮らしを勝ち取る様子が描かれていく。世界は勇者のために動き、勇者を中心に各国、各組織、様々な人物の思惑と陰謀が蠢く。旅の道中で出会う多くの人々が勇者に手を貸すのだ。そして、勇気ある若者はあらゆる災厄を仲間と共にはねのけ、災いの種を焼き払って幸せに満ちたハッピーエンドを迎える。



 だが、物語の主人公は幸せが確約された若者ではない。この物語は孤独を愛していると自分に言い聞かせながら、異世界で日々を孤独に謳歌している少年が主役なのだ。

 

 その少年は学園に到達しようとしている勇者一行の遥か後方にいた。短髪の黒髪で穏やかな顔つきの優男。彼の名前はアロン。つい数日前まで古くから続き長い歴史を紡いできた大国ヒストリカという王国にある祖父母の家で生活をしていた14歳の少年である。彼の体内には二つの意識が存在している。一つはこの世界で育ったアロンのもの。もう一つはとある世界の日本と呼ばれる国で育った平凡な少年の意識。現在、体の主導権を握っている凡人は前世で何度か経験した入学式を思い出し、日本で過ごした日々を思い出し感傷に浸っていた。目の前の都市の喧騒はあまり気にしていない様子だ。

 

 

 異世界の学園生活において彼らは一つの目標を立てていた。それは一人静かに過ごすことである。そのために今年だけ実施されたとある特別枠を勝ち取るために入念な準備を済ませてきた。だが、彼らの理想の穏やかな異世界学園生活は入学直前のこの瞬間がピークだということを彼が知る由もない。

 



この物語におけるアロンと彼の体に宿った一人の男が果たす役割は勇者一行の追放を成し遂げることである。

 

 

 

  

 

 

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星を喰む 鮒しめじ @odenntomikann

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