#1「アリカ・エラートリック」

「……、……、……?」



 暗い暗い世界に独り。

 少女が一人、あれは、多分、私なのか?


 でも、なんで、自分の姿が見えるの……?


 真っ黒の空間に横たわっているのは、確かに私――エリス・アンドール。

 茶髪のロングポニテ、黒いセーラー服。そして――。


「…………あれ……?」



 よく見たら、黒髪のおかっぱだった。

 さらに、着ているのは白のセーラー服。


「…………いや……」



 それも違った。

 赤髪ロングで、茶色のセーラー服……?


「…………それも、これも、全部違う……」



 まるでトリックアートを見ているようだ。

 繰り返し認識する度、外見がガラリと変わる。


「あれ?」



 認識を繰り返すうちに、私は室内にいた。

 まるで、何かの研究室のような部屋だった。

 動物園のようなガラス張りの向こうの”収容室”には、やはり”なにか”が倒れている。


 だが、その姿を確認する前に、私の意識はプツリと切れた。

 まるで、 ”認識すること"を拒絶するように。


 * * *


「――――いた! ナンバー27X! いたよ、エミルちゃん!」



 誰かの叫び声で、私は意識を取り戻した。

 ここは、さっきの住宅街の道路。

 ゆっくりと体を起こそうとした瞬間、背中を地面に押さえつけられた。


「動くなっ!」



 大人のように強い力だったが、この声だと、同い年くらいの少女だろうか。

 それにしても、泥水が不味まずい。

 雨上がりのアスファルトには、薄茶色に濁った水が流れていた。


 私を押さえつけていた誰かは、しばらくすると、そっと手の力を緩めた。


「…………あ、 あの……」



 恐る恐る声をかけようとするが、それを遮るように、誰かは私に喋りかけた。


「あぁ、 手荒くしてすまなかったな……」



 輪郭のはっきりした声で、聞き覚えがなくもない。

 「ほら、 大丈夫か?」と、私に手を差し伸べる少女。

 先ほどの、けたたましい様子とは違い、穏やかな声だった。


「あ、ありがとう、ございます……」



 ゆっくりと手を取ると、引っ張り上げるように起こされた。


「ひゃっ!?」



 思わず声が漏れてしまった私に、少女は笑いかける。


「アッハハ、ごめんごめん、ちょっと雑だったかな」



 少しムスッとしながら、改めて少女を見る。

 髪は紺色で、鎖骨まで伸びたセミロング。

 服は白のポロシャツに赤いリボン、灰色のスカートで、完全に学生服だ。

 キリッとした表情で、濃い眉毛が特徴的だった。


「あなたは……」



 無意識に呟いた言葉に、少女はニコリと笑って返した。


「紹介が遅れたな、私はアリカ・エラートリック。15だ」



 アリカは私の服装をまじまじと見つめ、不思議そうに問いかけてきた。


「…………ここら辺の学生か……?」



 ポカンとしていた私は、ハッとして慌てふためきながら自己紹介する。


「あっ、わ、私は、エリス・アンドールです! 昨日まで、解遊第二高校かいゆうだいにこうこうに通ってまして……!」


「あぁ! あそこの廃校かぁ!」



 いや、言い方よ。もう、廃校って呼ぶんだ。昨日潰れたばっかなのに。


「最近ヤバイよな~。不景気っていうの? 」



 アリカは、ふと、腕に付けた時計を見る。


「あっ、もうこんな時間かーっ」



 どうやら用事があったようだ。


「…………あの……」



 さきほどの慌ただしい様子を見るに、何かあったに違いない。

 そんな好奇心に問いかけようと、私は一歩進み出たが――。


「それじゃ、もう行くから。気をつけて帰れよーっ」



 そう言って、アリカは風のように走り去ってしまった。

 少し、不思議な子だった。


* * *


 昼時ひるどきの住宅街を歩く私は、モヤモヤとした気持ちで落ち着かなかった。

 結局、疑問が解決せず終わったからである。


「あの制服……、どこの高校だったんだろう……」



 それだけではない。

 あのとき、あの場で、何が起こっていたのか。

 別れる前のアリカの様子も、まるで詳しく訊かれる前に逃げているようだった。


 そして、もう一つ気になったこと。


――――いた! ナンバー27X! いたよ、エミルちゃん



 はじめに聞こえた、あの声は、”アリカのものではなかった”。

 また、その声が呼んだ人物、『エミル』。

 そして、私を押さえつけたアリカ。

 少なくとも、あの場には私を含めた4人の人間がいた。

 しかし、私が見たのはアリカのみ。

 

「何が起こったの……?」



 分からぬことを延々と考え続ける私。

 まだ、追ってくる”気配”には気がついていなかった。


「……、……、……っ!?」



 後ろ。




 後ろ。




 後ろ。




 後ろ。 




 後ろ。




 後ろ。




 後ろ。




 ――そして、またもや、視界が黒く覆われた。

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少女高専-ESP ~少女らが視た「未知」の魑魅(チミ)~ イズラ @izura

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