【KAC20248】 メガネをかけた猫

小烏 つむぎ

メガネをかけた猫

「マロン、マローンちゃん! 下りておいでよ」


 下僕みどりが優しげな声で呼び掛けるが、ハチワレ柄の猫のマロンは本棚の一番上からチラリと視線をやるだけで動こうとはしなかった。あの声で呼ばれたとき下僕みどりのそばに行くとロクなことにならないのは、この五年間で学習済みなのである。


 特にこの一ヶ月、下僕みどりはやたらとマロンの写真を撮ってくる。先週などお気に入りの箱で休んでいるところを、「可愛い、可愛い」と言いながらカシャカシャと撮影されて寝るに寝られなかったのだった。


「マーローンー、ねぇ、マロンさんってばぁ」


 マロンはふいと顔をそむけると、前足に顔を埋めるようにして下僕みどりの視線から逃れた。


 ◇ ◇ ◇


 美鳥は後ろ手におもちゃのメガネを隠しつつ、マロンを何度も呼んだ。しかし正しく猫であるマロンは飼い主である美鳥の呼ぶ声を見事に無視した。


「ダメかなぁ。マロンのメガネ姿、超絶可愛いと思うんだけどなぁ」


 美鳥はため息をついて手元のスマホに目をやった。そこにはメガネをかけた可愛いペットや小さな子ども、お祖母ちゃんの写真が並んでいた。ここのところ「お題」を出してその「お題」に沿った写真をアップするのがネットの仲間うちで流行っているのだ。


 先週の「お題」は「箱」で、お気に入りの箱から後ろ足と尻尾をてろりんと出したマロンの写真が一番たくさんの「イイね」をもらったのだ。これに調子づいた美鳥は今回もメガネ姿のマロンで「最多イイね」狙っている。


 なんとかマロンにメガネをかけてもらおうとあれこれ誘ってみるのだが、マロンは本棚から下りてくる気配はなかった。


 かくなるうえは最終手段かと、美鳥は筒状レトルトパックに入ったかの有名な猫用液体おやつをポケットから出した。

 

 ◇ ◇ ◇


 マロンはふいに、とてもとてもとても良い匂いに誘われて顔を上げた。


『あれは、たまにしかもらえない最高のおやつ!』


マロンは下僕みどりに呼ばれる前に本棚からストンと飛び降りた。下僕みどりの足にまとわりついてすりすりと顔をこすりつける。


『ねぇ、ねぇ、ねぇってばぁ』


 ◇ ◇ ◇


 美鳥はしてやったりという笑顔を浮かべながら、片手に液体おやつを持ってマロンの顔を少し上向きに誘導した。そうして素早くおもちゃのメガネをマロンの顔に乗せると手慣れた早さでスマホを持ちシャッターを切った。


 液体おやつに夢中なマロンはメガネを気にする様子はない。美鳥は二本目の液体おやつを差し出しながら、シャッターを切り続けた。


 美鳥渾身のメガネをかけたマロンの写真は、今回もたくさんの「イイね」を集めたことは言うまでもない。


 

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