後編

 数日後、再び祖父の家を訪れた煌夜が見たのは、彼の遺体だった。心臓発作ということだった。


 葬儀はしめやかに執り行われ、煌夜は家族と共に、暇を見て遺品の整理にやって来ていた。

 床に散らばった絵の具、イーゼルに立てられたままのキャンバス。それらが祖父の無念を物語っているようだった。


 使いかけの画材と描きかけのキャンバスを、煌夜はもらい受けることにした。

 祖父は生前、これは地下コロニーに来る前に住んでいた家から見える景色を描こうとしていると言っていた気がする。そこから見える朝日がきれいで、気に入っていたのだと。煌夜はその場所を探してみることにした。

 この辺りは狂暴な野生動物などもいないようなので、申請を出せば地上に出ることはできる。


 煌夜は遮光グラスと、水に食料、キャンプ道具を用意して、ナビゲーション用のロボットと共に、生まれて初めて地上に出た。

 地下とは比べ物にならない強烈な光が目を射る。あまりの眩しさに涙が滲んできて、慌てて遮光グラスをかける。ずっと地下で暮らしてきた煌夜にとって、太陽の光は想像以上の眩しさだった。


 目が慣れてきて、辺りを見回す。放置された道路や建物はひび割れ、手入れされていない街路樹や草花は伸び放題で、足元が悪かった。

 しかし、ナビゲーションロボが行く先を均し、煌夜の手を取って導いてくれるので、なんとか進むことができた。


 祖父がかつて住んでいた家は、調べればすぐにわかった。半日ほど歩けば着けるはずだ。

 整備されていない道に悪戦苦闘しながら、煌夜は目的地に辿り着いた。廃墟となった家と、そこからは海が見えた。煌夜は海を始めて見るが、あれが海というものだと、ナビゲーションロボも言っている。座標からすればここで間違いないのだが、名前などは書かれていないので、確証はない。


 まあいいだろう。煌夜は布に包んで持ってきたキャンバスを取り出す。


 この絵に描かれようとしていた朝日を見るには、一晩ここで明かさなければならない。

 煌夜は祖父のキャンバスを傍らに置き、真新しいスケッチブックを取り出した。そこに、黒い鉛筆のみで、祖父の絵を参考にしながら、空の陰影を描き出そうと試みる。

 日が落ちるまで、煌夜は絵を描き続けた。段々と空が暗くなっていくのがわかったが、夕日が沈む様子は、ここからは山の稜線に邪魔されて見えなかった。


 そして、携帯食料を口に入れ、寝袋で眠った翌朝。日の出の少し前の時刻に設定したアラームが、けたたましく鳴った。

 眠い目をこすりながら、煌夜は身体を起こして遮光グラスをかけ、その瞬間に備える。


 やがて、水平線が徐々に明るくなってくる。煌夜の目には、それは薄闇の中に白い光が浮かんでいくようにしか見えない。

 それでも、少しずつ白んでいく空と、光を反射する海を、美しいと思った。


 色なんてただの光の反射で、その波長の光を反射しているから、人間の目にそう認識されるだけだ。白は全ての光を反射し、黒は逆に全てを吸収している。ものに色がついているわけではないのだ。きっと、遠いどこか別の宇宙で、ここと異なる光の波長が存在したりしたら、ものは全く違った見え方をするのだろう。


 それでも、色というものを認識できなくても、煌夜がこの景色を美しいと思ったことは本当で。祖父の見た景色とは違うだろうけれど、自分の目で、心で、美しいと思うものを探すことはできる。


 だから、もっとそれを探してみよう。そして、それをキャンバスの上に描き出してみよう。

 煌夜はそう思ったのだった。



 了

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そして、世界は色づく 月代零 @ReiTsukishiro

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