遡(さかのぼ)る想いは独唱歌(アリア)となって
星月小夜歌
遡(さかのぼ)る想いは独唱歌(アリア)となって
夜に眠る少し前、金属ミュートをつけてバイオリンを弾くのが私の日課となっていた。
結局、近所からの苦情は来たことが無い。
意外とこのアパートの壁が厚いのか、意外と皆さんも夜更かしでテレビなりゲームなりしているのか。
私にとって、この時間にバイオリンを弾くことは、ただの練習や趣味の意味だけでは無い。
……雨宮先生。
中学二年生のたった一年間だけ、私の先生でいてくれた人。
中学二年生のあの頃は、雨宮先生が好きだなんて自覚できていなかった。
ただ、そばに居られるのが幸せで、言葉を交わせるだけで幸せで。
先生として好きなだけだと思い込んでいた。
……でも。
こんなにも時間が経ってしまったのに。
どうして、私は、こんなに雨宮先生が好きなのだろう。
一緒にいられたのはたった一年間だけなのに。
まるで私に何かを刻みつけたかのように、雨宮先生はずっと私の心を捉えて離さない。
ある日同じように、夜中にバイオリンを弾いていて、金属ミュートをつけたバイオリンの掠れた音色は、まるで誰も聞くことの無い、秘密の恋歌のようだと感じた。
その日以来、私にとって、金属ミュートを用いての夜のバイオリン練習は、独りで雨宮先生を想う時間となっていた。
もしも。あの時。
雨宮先生に、貴女が好きだと伝えていたら。
もしも。貴女が。
私を好きになってくれたとしたら。
もしも貴女が今。
私のそばにいてくれるのなら。
私のバイオリンは、聞く者のいない秘密の恋歌などではなく。
ただ一人だけへの愛歌を奏でられるのだろうか。
あの頃の私は、雨宮先生への感情なんて自覚できなくて。
私に思春期なんて無かったとずっと思い込んでいたけれど。
気づくのが遅すぎた。
私が好きだったのは、まぎれもなく雨宮先生だった。
どうして。あの時に自覚できなかった感情でしかないのに。
どうして雨宮先生は、私の心に染みついて離れないのでしょうね。
これではまるで、未練みたい。
もう今できるのは、聞く者のいない恋歌を奏でることだけ。
だから奏で続けましょう。届くことの無い恋歌を。
自覚するには遅すぎた思春期と片思いを、もうどうにも出来ない未練を。
貴女が好きだという、言えなかったそのたった一言を。
行き場のないそれらを乗せて、私の奏でる
遡(さかのぼ)る想いは独唱歌(アリア)となって 星月小夜歌 @hstk_sayaka
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