Sub Act. 目覚めの〇〇
マイク要らずの伸びやかで雄大な歌声に、マホロたちが拍手喝采を贈る。
エスメラルダは優雅にお辞儀をして、主賓の二人に向き直った。
「さぁリリア、マホロ、眠りの海は引いた。おぬしたちの想い人を自らの手で目覚めさせるのだ」
「えっ? それって……」
何をすべきか首をかしげるリリアに、興奮気味のミラージュが鼻息を荒くして詰め寄る。
「リリアさん、決まってるじゃない! 恋人を眠りから目覚めさせるのはずばり――キスよ! 千年前からそういうセオリーだって、あたしのおばあちゃんが言ってたわ!」
「き、キス!? えええっ!?」
真っ赤になってしまったリリアは、青白く冷たそうな恋人の唇を横目に眺めては両手で顔を覆う。初心な反応が可愛らしくて、ミラージュはきゅんきゅんが止まらない。
「ミラ、き、キキキッ、キスだなんて、まだお前には早いぞ!?」
「スピアお姉様、あたしのこと何歳だと思ってるの?」
「百歳なんてまだ幼女じゃないか!」
「んなわけないでしょ! っちょ、離してよ~っ!」
過保護なスピアライトがミラージュの両目を手で塞いでしまう。「ロリババア」と禁句をぼやいたスネークを蹴り飛ばすのも忘れず。
「おひめさま、きす、めざめて、めでたし!」
目を模したボタンが片方外れた女の子の人形と、吐血したブリキの兵隊が「ちゅ」と唇を交わす仕草をする。マリオネットの即興人形劇を見て、リリアはさらに真っ赤になった。
「……でも、それで彼が目覚めるなら……!」
愛は偉大だ。リリアは意を決して医療用ベッドへ近づくと、眠る恋人の唇にそっと顔を寄せる。
羽交い絞めにするスピアライトの指の隙間から血走った目をどうにか覗かせるミラージュが見守る前で、二人は目覚めのキスを交わした。
「……ナハトくん?」
生気が感じられない青い唇から離れ、祈るように彼の名前を呼ぶ。
すると、それまで石膏のようだった彫りの深い眉間がピクリと動いた。
「……リリ、ア……?」
「ッ!」
「……あぁ、リリア、リリアだ……リリアッ……!」
「ナハトくん、本当によかっ――んむっ!?」
一か月ぶりに目覚めた先で待っていた最愛の人を前に、言葉よりも先に気持ちが先走って、赤らんだ頬を両手で挟んで引き寄せる。
再び熱烈に重なった唇が何度も奏でる甘いリップ音に、ミラージュは「やっぱりちょっと早いかも」と、従姉の手で自分の目を覆った。何を隠そう、恋愛はドラマでしか見たことがないのである。現実で初恋すら済ませていない百歳にはかなり刺激的だったようだ。
こうなってくると、ギャラリーの視線は自然ともう一人のイケメン眠り姫とカワイイ王子様に向かう。
「……え、しないよ?」
何かを感じ取ったのか、マホロは渋い顔を横に振って、きっぱりはっきり言い放った。
良かったような、残念なような。まぁ今さらこの二人が人前でキスしようと、誰も何も驚かないのだが。
「じゃあどうやってこいつを起こすんだ?」
「ふふっ、ガルガを毎朝起こしてる必殺技があってね。これをやるといつも一発で起きるんだよ」
訝しがるスネークを背に、マホロは毎朝拝んでいる端正な寝顔を見下ろした。一週間点滴生活だったせいで少しやつれてしまった頬を優しく撫で、その指先を揃えて天井へ向ける。
「ガルガ、お手」
――むくむくッ!
主人の声に反応したフッサフサの大きな耳がうずく。凛々しい眉間がぴくりと動き、寝息を立てていた薄い唇がムズムズと波打った。そして……。
「――ワンッ!」
元気に返事をして、上体を起こした勢いのまま右手をマホロの手のひらに乗せる。
上手にできればご褒美が貰えるのだ。拾われてからずっとそう躾けられている。期待に満ちたキラキラのシルバーアイズに見つめられ、マホロは人目もはばからず破顔した。
「おはようガルガ、よくできました」
「わふっ、あおぉんッ!」
頬に、下顎に、耳に。心地良い部分を存分に撫でくり回され、ガルガも幸せそうにマホロの大きな手にすり寄る。
が、しばらくしてここが見慣れた自宅ではないことに気がついた。
「……んぁ?」
「お、お前、ワンッて……ぷっ……完全にっ、犬じゃねえか……! ブフッ、アヒャヒャヒャッ!」
「スピアお姉様、今の写真撮れた? 会社の宣材に使いたいんだけど」
「ああ、完璧だ。隠し撮りなら任せてくれ」
「がるが、わんわん、かわいい~」
「……~~ッ!?!?」
爆笑するスネークに、パクトのカメラを向ける抜け目ないエルフコンビ。オオカミのぬいぐるみを操るマリオネット。
よく知るメンバーに全力で甘える寝起き姿を見られ、ガルガは無限に込み上げる羞恥から再び寝込んでしまったとか。
「人前で”お手”をさせるなって言ったよな、マホロ!!」
「え~? じゃあキスの方が良かった?」
「ど っ ち も い や だ !」
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Beast in the City ❖ RE:CONNECTION 貴葵 音々子 @ki-ki-ki
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