黒竜を駆る

烏川 ハル

黒竜を駆る

   

「そっちへ行ったぞ、ブレント!」

 耳にかけた魔導通信具を介して、隊長の指示が飛んできた。

「はい!」

 短く答えた僕は、空で敵を待ち受ける。

 すぐに三匹の竜が、左の山をぐるりと迂回して現れた。背中にはもちろん竜騎兵を乗せている。

 その姿が見えるや否や、僕の竜は業火のブレスを吐き出した。


「馬鹿な!? まだブレスは届かない距離……」

「見ろ、黒い竜だ! 例の『黒き流星ブラック・スター』だ!」

「ぎゃああっ!」

 敵兵たちの騒ぎが風に乗って聞こえてくるが、長くは続かなかった。あっというまに炎に包まれて、彼らは地上へと堕ちていくのだから。


 一仕事終わらせて、僕は小隊の合流ポイントへ。

 仲間たちは既に戻ってきていた。

「さすがは『黒き流星ブラック・スター』、またお手柄だったな!」

「あいつの竜、自分で手懐けた野生の竜なんだろ? 俺たちみたいな支給された竜と違うのも当然だよなあ」

「フン。訓練生時代はグズでノロマのブレントだったくせに、たまたま竜を見つけただけで……」

 素直な賛辞だけでなく、やっかみも混じっていた。昔から一緒のジャクソンだ。


 昔は大きな顔をしていた彼も、正規の竜騎兵として配属された今では、すっかり立場が変わっていた。

 小隊の先輩たちから注意されている。

「よせ、ジャクソン。竜を扱う才能、それこそが竜騎兵にとって最も大事なのだ。他の少々のマイナスなど問題にならん」

「『たまたま竜を見つけた』と言うが、重要なのはその先だ。お前が竜に出会っても、飼い慣らすどころか逆に返り討ちじゃないのか?」

 

 それらを耳にしながらも僕は何も言わず、隊列の最後尾に並んだ。

 同時に心の中では「ジャクソンの発言、あながち間違ってないかも」と考えてしまう。

 僕と黒竜との出会いを、改めて思い返してみれば……。

   

――――――――――――

   

 訓練の一環として、深い森の中を進んでいた時の出来事だ。

 僕たちは竜騎兵の候補生で、将来は竜に乗って戦うのがメインだが、歩兵みたいなサバイバル訓練に参加させられていた。

 乗騎の竜を撃墜されて、一人脱出して逃走中。そんな状況を想定していたのだろう。

 四人ずつのグループが最低限の装備で、森を一日行軍する訓練だった。

 舞台となる『キャロリーナの森』は、木々の葉が大きく、広々と生い茂っている。そのため森の中には日の光が届きにくく、天気が良いはずの昼間でも鬱蒼としていた。

 木々の間を縫うようにして敷設された林道も狭く、二人横並びで歩けば窮屈なほど。自然に出来た獣道けものみちと交わると、どちらが人為的な道かわからず、間違えて入り込むこともあり……。


「おい、ブレント。本当にこの道か?」

 リーダーづらのジャクソンが、後ろから声をかけてくる。

 顔を合わせるのが嫌で、僕は振り返らずに声だけを返した。

「どうだろう? あまり自信ないけど、たぶん……」

「自信ないだと!? 何言ってやがる! 地図はお前に持たせたんだぞ!」

「そうだ、そうだ。だからブレントに先頭を歩かせてやってるんじゃないか!」

 ジャクソンに続いてスペンサーも叫ぶが、しょせんジャクソンの腰巾着。真面目に相手する必要はなかった。

 でもジャクソンに対しては一応、弁明しておく方が良さそうだ。誠意を示す意味で今度はきちんと振り返り、彼の目を見ながら答えた。

「『地図は持たせた』と言われてもさ。ほら、地図以外にも色々持たされてるから……」

 みんなの荷物を押し付けられることまでは耐えられるが、その状況ではいちいち地図を取り出して確認できない。だから、それを責められるのはさすがに理不尽だと感じていた。


「なんだと!? ブレントの癖に口答えするのか!」

 ジャクソンはこぶしを振り上げて、今にも殴りかかろうとするけれど、最後尾のデニックがそれを止めた。

「まあまあ。今ここで争っても意味ないだろう? それより、いったん休憩しよう」

 ちょうど少し先に、森の小道が太くなり、開けている場所が見えていた。いわば広場だ。そこで休もうという提案だった。

「それに僕は、そろそろおなかいてきたが……。君たちはどうだろう?」

 とデニックが続けると、ジャクソンもスペンサーも頷く。言われてみれば、僕も空腹だった。

 人間は腹が減ると怒りっぽくなるという。とりあえず何か食べれば、ジャクソンも少しは落ち着いてくれるかもしれない。

 色々な意味で僕はデニックに感謝したけれど、そう思うのは少し早かった。彼は笑顔で、僕に厳しい指示を出したのだ。

「というわけで、ブレント。僕たちはここで待っているから、食べ物を探してきてくれないかな?」

   

――――――――――――

   

 最初に持たされた装備は、あくまでも最低限。携帯食は少しだけで、一日行軍に足りる量ではなかった。

 それを自給自足で補うのも、サバイバル訓練の一環なのだろう。この『キャロリーナの森』には食用に適した木の実や野草が生えているし、狩るのが簡単な小動物も生息している。それらをって食べるよう、最初に教官から言われていた。

 僕はすっかり忘れていたし、ジャクソンたちも同様だったらしい。でもデニックに言われて思い出したのだ。


「何にせよ地図を持っていた以上、道に迷ったのはブレントの責任だろう? 責任を取る意味で、食料探しは君の役目だよ」

 ジャクソンみたいな横暴な押し付けでなく、デニックは理詰めだから、僕もこころよく引き受けられる。

「十分な食べ物、絶対に見つけてこいよ! さもないとお前の分の携帯食、俺たちで食べちまうからな!」

 相変わらずなジャクソンの言葉を背に受けて、僕は出発するのだった。


 最初は道なりに進んだけれど、木の実も小動物も見当たらない。林道に沿った辺りは人の通行もあるため、狩りつくされているのかもしれない。

 そう考えて、少し道から逸れる。深入りし過ぎるとさらに迷うだろうから、あくまでも「少し」のつもりだった。

 左手で魔導ランタンを掲げながら、木々の間を分けって進む。

 背負っていたリュックはデニックたちのところに置いてきたので、現在の荷物はこの魔導ランタン、軍用ナイフ、それに回復ポーションを少々のみ。ポーションは腰の革袋の中だがナイフはベルトから抜いて、右手で構え続けていた。適当な小動物を見つけたらすぐに対処できるよう、準備していたのだ。

 食べられそうな野草を木々の根元に探したり、実がなっていないか枝をチェックしたり。いちいち魔導ランタンで照らしながら歩いていたのだが、やがて僕の進む道は行き止まりとなる。

 大きな岩肌に突き当たったのだ。


 この森の中には隆起した地形もあったようで、切り立った崖が左右に延々と続いていた。鬱蒼とした森の中、魔導ランタンを大きく動かしながら照らしても、どこまで続いているのか見えないほどだ。

 迂回するのは難しいだろうし、引き返すしかない。そう思ったけれど、若干の違和感も覚えた。

 たった今、魔導ランタンで照らした視界の中だ。違和感の正体を確かめるために、今度はゆっくり少しづつ照らしていくと……。

「これだ!」

 行手を遮る壁のような岩肌が続く中、一箇所だけ、真っ黒な穴がいている。

 大きな洞窟の入り口だった。

   

――――――――――――

   

 近寄って見ると本当に大きい。トロールのような大型モンスターでも立ったまま入れるくらいだ。

 洞窟の中を照らしても、明るくなるのは入り口付近の岩肌だけ。魔導ランタンの光は奥まで届かず、はっきり視認できずとも、かなりの深さなのが理解できた。


 日の光が当たらぬ洞窟内に植物の自生は期待できない。でも小動物が住処すみかにしている可能性はあるし、奥まで追い詰めれば逃げられる心配がない分、外よりも狩りやすいはず。

 そう考えて、僕は洞窟に足を踏み入れた。


 土の大地だった森とは異なり、地面は固い岩盤。一歩また一歩、奥へと進むにつれて、乾いた足音が響き渡る。

 獲物となる小動物がいたとしても、これでは僕の接近を察知して、逃げたり隠れたり出来そうだ。しかし、せっかく入ったのだから奥まで確かめたいという好奇心もあり、そのまま進み続けると……。


 やがて、妙な気配を感じた。物音や匂いとは違う、殺気に似た気配だ。

 野生動物が発するにしては禍々しさが強い。モンスターかもしれない。

 洞窟の入り口では「トロールのような大型モンスターでも」と例えたが、そこまで手強てごわいモンスターはいないだろう。サバイバル訓練の舞台になる程度には厳しい環境だとしても、『キャロリーナの森』は普通の森。モンスター退治を生業なりわいとする冒険者たちが行き交うようなダンジョンとは違うのだ。

 モンスターがいるとしても、せいぜい最下級のゴブリンやウィスプくらいのはず。それならば僕でも対処できる、いや、その程度も対処できないようでは先が思いやられる。なにしろ僕たちは後々、竜騎兵となって、他国の軍隊を相手に命懸けで戦うのだから。


 そんな決意をすればナイフを握る手には力が入り、歩くペースも自然に上がり、さらに洞窟の奥へ。

 すると、ようやく最深部が見えてきた。ただし魔導ランタンのあかりに照らし出されたのは、行き止まりの岩肌だけではなかった。

 その手前でうずくまる巨体。不気味な黒竜の姿もあったのだ。

   

――――――――――――

   

 こんな洞窟に竜がいるなんて驚きだ。

 僕も竜騎兵を目指すくらいだから、竜の基本的な性質は心得こころえていた。狭い穴蔵よりも、広々と開放的な平地や空中を好む生き物だ。

 また、若草に近い薄い緑やこの深い森みたいな濃緑色など程度の差はあるものの、肌の色は緑のはずだった。

 ところが、この竜は黒い色をしている。最初は暗い洞窟の中だからそう見えるだけかと思ったが、近寄って魔導ランタンで照らし直しても真っ黒。漆黒や暗黒という言葉が浮かぶほどだった。


 そうして観察しているうちに、竜の方でも僕の存在に気づいたらしく、閉じていた目を開きながら首を上げる。まるで蛇が鎌首をもたげるみたいで、思わず後退あとずさりしたくなる怖さだった。

 黒竜は鋭い眼光で僕をにらみ、声をかけてくる。

『ほう、人間か。ちょうど良いところに現れたな』


「ええっ!?」

 びっくりして大声を上げてしまう。腰を抜かすほどの驚きで、実際その場に尻もちをついたくらいだ。

 でも頭の一部は冷静だったのだろう。竜の声には強い違和感を覚えて、それを具体的な言葉にも出来た。

 だからすぐに立ち上がり、落ち着いて問いただす。

「今のは『声』じゃないですよね? 脳内に直接、響いてきたような……。もしかしてテレパシーですか?」

 他人の頭の中まで言葉を届けられるというテレパシー。最上級の魔導士のみが使える特別な魔法だ。

 卓越した使い手ならば、送信だけでなく受信も可能。相手が声に出さない脳内思考まで読み取れるらしい。しかしそれは他人の心に無断で踏み込む行為であり、固く禁じられていた。

 もちろん人間のルールに過ぎず、竜には適用されないだろう。そもそも竜がテレパシーを使うこと自体が驚くべき話で……。

 そこまで考えたところで、大切なことに思い至る。とにかく最初から奇妙な点の多い竜なのだから、まず尋ねるべきは包括的な質問だった。

 だから竜が答えるより先に、急いで質問し直す。

「いや、それよりも教えてください。あなたは一体、何者ですか?」


 僕は元々竜が好きで、実物の竜を見たこともある。その時は親しみを込めて「お前」呼びだったが、今この黒竜に対して「あなた」なのは、自然に敬意が生まれたからだろう。

 そんな僕に対して、竜は平然と返してきた。

『見ての通り、われは竜だ』

「それはわかります。だけど……」

 居場所や体色、テレパシーの件など。明らかに普通の竜とは違うからこそ、僕は尋ねたのだ。

『うむ、では名乗ろうか。われは……』

 広かった洞窟が窮屈そうに見えるほど、大きく翼を広げながら、竜は悠然と告げる。

『……ゲイボルグ。なんじら人間が魔竜と呼ぶ種族の一匹だ』

   

――――――――――――

   

「……!」

 何か言おうとしたが言葉にならない。

 僕は絶句しながらも、頭の中では色々と考えていた。


 ゲイボルグは伝説の竜の名前で、神話やおとぎ話に出てくる。

 地上から悪魔を追い払うため、神々が遣わした竜の一匹だ。人間の勇者たちを背に乗せて共に戦い、悪魔を一掃することに大きく貢献したという。

 爪や牙、ブレスといった攻撃力、強靭な肉体など、現代の竜が持っている性質に加えて、魔法を操る能力まで有していた。人間の魔導士では扱えぬ高位魔法を、当たり前のように使っていたらしい。

 その魔力の高さゆえ、彼ら竜たちは魔竜と呼ばれた。肌の色も緑ではなく、闇のような黒色で……。


『ほう、わかっておるではないか。そう、その魔竜。そのゲイボルグだ』

 黒竜は口の端をわずかに吊り上げる。

 僕が無言でもこの反応なのだから、勝手に思考を読み取ったのだろう。やはりその気になれば僕の心まで読めるし、それを禁じるルールも竜には適用されないようだ。

『人間はわれら魔竜を、随分すいぶんと神格化しておるのだな。われらとて……』

 声の響きが苦笑いに変わった。耳から聞こえるのと同様、直接脳内に響く声でもニュアンスの違いは伝わるらしい。

『……自然界に存在する生き物に過ぎない。なんじらと同じなのに』


「どういう意味です? あなたみたいな伝説の竜が、僕たち人間と同じとは……」

 僕が声に出して聞き返すと、ゲイボルグは実際にフンと鼻を鳴らしてから、テレパシーによる説明を続ける。

『腹が減っては動けない。それが現在のわれだ。なんじも空腹で、食料を探してここへ迷い込んだのだろう?』

 竜との遭遇ですっかり忘れていたが、この洞窟に来た理由は、食べ物を探してくるよう言われたからだ。あの時デニックの言葉で思い出したように、改めて僕は空腹感を自覚し始めた。

   

――――――――――――

   

「なるほど。竜の巨体ならば、さぞや大量の食べ物が必要なのでしょうね」

 大袈裟に頷きながら発言したのは、無言で考え込んでいたら心を覗かれるだろうし、それはけたかったからだ。

『うむ。しかしわれにとって重要なのは、肉体的なエネルギー消費よりも魔力の問題だ。木の実や野草、リスやウサギでは、いくら食べても魔力の補充にならん』

 ゲイボルグは少し遠い目をしたあと、まるで僕を覗き込むみたいに、いかつい顔を近づけてくる。

『しかし人間は違う。使いこなせておらんが、潜在的な魔力は膨大。勿体ないくらいだぞ!』


 確かに、僕たち人間には魔力がある。

 例えば僕はそれを魔法という形で具現化できないが、魔力が体内にたくわえられているからこそ、魔導通信具や魔導ランタンみたいな器具を使いこなせるのだ。

 一瞬そう考えた直後、ハッとする。一番最初に竜が言った『ちょうど良いところに現れた』を思い出したからだ。


『うむ、それだ。なんじは魔力の補充に適したエサだから……』

 気づいた時には手遅れで、大きく開いた口が目前に迫っていた。

 上顎から生えた牙はしたたよだれぬめっている。それがはっきりわかるほどの距離だった。

 思わず目を閉じてしまうと、僕の意識は暗転して……。

   

――――――――――――

   

「あれ……?」

 意識を取り戻した直後、僕は間抜けな声を発していた。

 薄暗い中でも天井は見えるし、地面の岩肌を背中越しに感じる。洞窟内で横たわっているようだ。


 この洞窟の最奥部で黒い竜に遭遇して、食べられてしまったはずだが……。こうして生きている以上、全て夢だったのだろうか?

「そうだよね。魔竜とかゲイボルグとか、実在するはずないし……」

 ゆっくり起き上がりながら、独り言として口に出す。自分自身に言い聞かせる意味もあったのに、途中で遮られてしまう。

『夢ではないぞ。現実の出来事だ』

 脳内に響く声。

 慌てて振り返れば、黒い竜がうずくまっていた。


 最初と場所も姿勢も同じだが、身に纏う雰囲気は違う。最初より元気になったように見えた。

『当たり前だ。なんじを食べて満腹になったからな。やはり人間は魔力に満ちた御馳走だぞ!』

 とても満足そうに、恐ろしいことを言う。


「やっぱり僕、食い殺されたのですよね? じゃあ今の僕は一体……」

 声に出して尋ねながら、自分の手足に視線を向ける。透けて見える様子はないので、幽霊のたぐいではないはず。

『安心しろ。確かにわれなんじを食べてしまったが、そのあと蘇らせたのだ。恩返しみたいなものだと思ってくれ』

 さすがは伝説の魔竜。死者蘇生の術まで心得ているのか!

 一瞬素直に感嘆したけれど、それも読み取られて、しかも否定されてしまう。

『いや、死者蘇生とは違う。蘇生ならば元通りの身体からだに魂を戻すが、その肉体はわれが魔力で作った器に過ぎん』

   

――――――――――――

   

 魔力で作られた器ならば、魔導士が土塊つちくれから作るゴーレムと同じだろうか。それは制作者に使役される泥人形に過ぎないのだが……。

『おい、中身がからの人形と一緒にするな。きちんとなんじには自身の魂が宿っておる。その点は元通りだ』


 ゲイボルグの説明によると。

 どんな生き物も魂を有しているのに、肉体が他の生き物に食べられる際、魂は消化されない。魂は食物連鎖の輪から外れているのだ。

 食べられた魂は未消化のまま、食べたがわが吐く息などに含まれて空気中へ。普通はそこで霧散してしまうが、それは食べたがわが魂を形あるものとして認識できないがゆえ

 ゲイボルグのような魔竜ならば霧散させず、魂の形を一時的にとどめておけるという。

『一時的なのも保管場所がないからで、代わりの器さえ用意してやれば、ずっととどめられる。つまり元通りの魂として、その存在を続けさせるのも可能なのだ』

 ゲイボルグは誇らしげに、胸を張るみたいな仕草も示していた。


『意識や記憶は死ぬ前と同一だろう? ならば蘇ったも同然ではないか。しかもその肉体はわれの魔力で作ったのだから、われが生きてわれの魔力が続く限り存在し続ける。いわば永遠の命だぞ!』

 ちょっと強引な理屈だが、確かに自分を自分たらしめているのは、意識や記憶の蓄積だ。それが変わらない以上、蘇ったも同然なのは僕にも納得できた。

『うむ、ではその先だ。われの魔力が続く限りといっても、離れ過ぎれば魔力を送り続けるのも大変で……』

   

――――――――――――

   

 ゲイボルグに乗って仲間の居場所へ戻る。騎乗した状態で森の中は進めないので空からだ。

 鬱蒼とした森でも、開けた場所ならば空を見上げるのは可能。デニックたちはバサッバサッという翼の音を聞き、上空に目を向けていた。僕が「おーい!」と呼びかけると目を丸くする。

 あの時の彼らの姿は一生忘れないだろう。特にジャクソンなんて、洞窟での僕みたいに、尻もちをつくほどの驚きようだった。


 本来の目的である食料探しは失敗したが、空を飛べる手段があれば上から森全体の地形を把握できる。もう迷う心配はなかった。

「竜を使う……? そんなのインチキだ、今すぐ放してこい!」

「そうだ、行軍訓練だぞ。自分の足で歩かなきゃ!」

 ジャクソンの文句にスペンサーも追従するが、デニックが二人を制止する。

「いや訓練の表面でなく本質まで考えれば、ブレントの方が正しいよ。竜の利用は確かに上策だろうね」

 今回の訓練で想定されているのは、撃墜された乗騎から脱出して逃走中という状況。途中で別の竜を発見して、手懐けることが出来たならば、それを使うのは当然という意見だった。

 普段リーダーづらのジャクソンも、チームの参謀役がデニックなのは認めている。だから反対の言葉もなく……。


 その後。

 ゲイボルグは僕が見つけた野生の竜という扱いで、そのまま僕の乗騎となった。

 あの洞窟で僕に正体を明かしたのは、空腹で困っていたからに過ぎない。存在を秘匿して一般の竜に紛れて暮らしていくのが、魔竜本来の生き方だという。

 僕以外にはテレパシーも使わず、みんなからは「ちょっと色が違うだけの普通の竜」と思われているようだが……。

『軍の上層部には、われの正体を察している者もいるはずだぞ。だが現在の扱いならば手駒に出来るから、気付かぬふりをしているのだろうよ』

 そう言ってゲイボルグは笑っていた。


 まあ周りの思惑がどうあれ、現状が続くのであれば僕としては大歓迎だ。

 こうして、一人前の竜騎兵どころか『黒き流星ブラック・スター』の二つ名で呼ばれるほどになれたのだから、人生、何が幸いするかわからないものだ。

 なんとも素晴らしい人生ではないか。厳密には生きているのと少し違うから、もう人生とは言えないかもしれないけれど。




(「黒竜を駆る」完)

   

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黒竜を駆る 烏川 ハル @haru_karasugawa

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