虹色庭園のラクリマンフロース

絵之色

虹色のティアパレット

 多くの色を宿した花々が咲き誇る庭園で、一人の純白にも似た少女は踊る。

 透明と評しても相違ない少女は心が赴くままに笑っている。

 彼女と言う存在に初めから色なんて用意されていない。

 何かに触れ合っていくことで。何かに理解し合っていくことで。

 何かに求め合っていくことで。何かに寄り添い合っていくことで。

 根から茎から葉から花弁の先まで、ありとあらゆる生き物と呼べる存在たちに対し己の気高き色を放つことこそ、花の美しさの魅力でもある。

 踊り続ける彼女には認められない一生だ。


「今日もみんな綺麗に咲いているわねぇ」


 庭園の近くにある我が家である塔から降りてきた花々に微笑を浮かべる。


「ああ、世界はなんて綺麗なのかしら。貴方たちの望む世界は、なんて眩しいのかしら……ずっと、見続けていたいわぁ」


 豪華なドレスに身を包んだ一人の女は、純白の花を見据える。

 自分をドレスで着飾っていなくては、片手に杖を持っていなくては立っていられない私は水で出来上がった踊り子の彼女と違う。

 色んな色で咲く花々のために踊る彼女の存在は水や肥料に等しい栄養だ。彼女が踊りをやめるその時、花たちは種を風に送って新たな花と芽吹いて揺蕩うのだろう。


「ああ、よそ見はダメね。仕事をしなくっちゃ」


 数多の色を結合させ黒くなった心を抱えた女は一人、花園の中で座り込む。

 彼女はそっと一輪の花に触れる。


「……ああ、ごめんなさいね。みんなのためなの」


 花弁が舞うこの庭園で、たった一つの花を選定するために手折るのは彼女の仕事。

 誰かの愛情や無情を持って自分と言う存在は確立され始めていくように花が咲くためには世話がいる。

 愛を込めて育てれば、可憐に咲く。

 憎を込めて育てれば、無様に散る。なんて、矛盾を嫌う花たちなのだろう。

 無を込めて育てれば芽吹くことすらもしない彼女たちは静物であるはずだというのに獰猛な獣のようにも映って見えてしまう……それが愛おしいのだけれど。

 花々が今日も元気に咲いていることに素直に喜ぶ女は、バスケットにたくさんの花を摘んだ。

 ここの庭園を管理している女にとって、彼女自身の権限で焼き払うことをしないのは彼女がこの世界を好んで生きているからこそ、この庭園は存在し続けるのだ。

 女は透明の少女に声をかける。


「さぁ、フィー……最後の仕事よ」

『ダメよ。私が踊り続けなくては、誰が踊ると言うの?』

「新しい貴方が、貴方の役を引き継ぐわ」


 コンと杖をを鳴らす管理者の女の言葉に、首を横に振り少女は踊り続ける。


『いけない、いけないわアメリア。貴方はアングザイエティ……この庭園の花を摘むのが仕事でしょう? 彼女たちを花として管理するのが貴方の仕事なのでしょう? ならば、ならば、私を永遠に彼女たちのために踊る演者でいさせて。他の誰かになんて、私の役を押し付けないで』


 少女は満面の笑みを向け、花々のために己の生を捧げ続ける。

 私はこの庭園の管理者。永遠を守るために、彼女の体中にある神の先にある一滴さえも全て花たちに与えたいだけ。

 だからこそ、魔女である私は彼女を笑い続けなくてはいけない。


「そんな風に笑わないで? サクリフィキウム――貴方に拒否権はないの」

『ああ待って、待って、アメリ――』


 パチン、と指を鳴らせば彼女は人型を無くし、水は庭園の空高く雲よりも上に上がる。空は陰り出し徐々に雫が落ちてくる。

 噴水のごとく水が弾ける前に、私は杖を傘に変えドレスが濡れるのを防いだ。

 今日も私は自分の役割を終えた。いつも通りの日常をこれからも過ごすだけ。

 雨に当たる摘まれていない花たちは、彼女の涙に当たって喜ぶように笑うように花弁を広げていく。


「……私は管理者だもの」


 風に乗って、花たちである彼女の笑い声が聞こえてくるようだった。

 罪悪感を抱かないために、私は空を見上げる。

 私も、いつか花になってしまわぬように戒める。彼女の犠牲を嘲笑うのではなく、管理者として見送るのだ……それが、私の義務だから。管理者としての振る舞いでいなくては、あっけなくただ餌を欲しがる堕落した花となってしまうから。

 だからこそ私は厳格なこの箱庭の管理者であり続けると、彼女たちに誓うのだ。


「……ああ、いい空ね」


 雨が止むと、庭園には七色に煌めく虹が差した。

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