第4話 残された者たち

5人の王子たちはすべて捕らえられ首を刎ねられ、威容を誇った10万の軍は行軍中に呆気なく全滅した。

その報はすぐに王都ラルタルに届く。


「蛮族どもはタンバルの町を包囲していたのではなかったのか。」

「ここ一ヶ月ほど、北方からの商人たちが来なかったのはそういうことか。」

「次は王都か、逃げなくては・・・。」

「逃げるってどこへだよ。」

「とりあえず、山の中なら安心だろ。」

「くそう、必死になって防衛するしかねぇだろ。」


トランダム王国軍が全滅した話が伝わると、王都中がパニックになっていた。

数日後、傷だらけの敗残兵たちが王都に辿り着くと、王都内はさらに混乱した。


貴族や裕福な者たちは、他領の知り合いを頼って家人や奴隷たちを引き連れ王都から逃げ出した。


高い城壁に囲まれた王都の城門では、王都から脱出する者たちと近隣の村々から避難してくる人たちがごった返して大混乱となっていた。


〇 〇 〇


多くの貴族や侍女、奴隷たちで賑わっていた王宮内は閑散としていた。


王族で残されたのは11才のアンドレア王女と逃げる先の無い官吏と王宮の使用人や奴隷たちだ。


アンドレアは何の根拠もなく後ろ盾もないまま国王代理として玉座に座らされ、実質的に王宮の事務処理をさせられていた。

「アンドレア様。城門は王都から脱出する者たちと、付近の村々から避難してくる者たちでごった返しています。」

「門は開け放って自由にさせてあげてください。」


まだ11歳のアンドレアにはどうしていいかわからない。大声で泣き叫びたい気持ちを抑えながら、側に控えている官吏や近衛軍の護衛兵たちと相談しながら問題を処理していた。

唯一信頼し相談できるのは祖父母のサマンサだけだったが、国王の崩御と同時に一気に老け、寝たきりの状態が続いていた。


毎日、暗くなり始めた頃になってやっと解放され、湯あみをして食事を摂ってから寝室に戻ると、毎日ベッドの中に入って泣いた。


〇 〇 〇


トランダム軍を打ち破ったヘルヘル族は、周囲の村や町を襲って略奪を行いながらゆっくり進軍し、2週間後には王都・ラルタルを包囲した。

しかし、城壁を攻略するための術をもたないため、包囲したままの状態がすでに3ヶ月続いていた。


その間、アンドレアには様々な訪問者が訪ねてきていた。


「新たに兵を組織したいので資金の援助をお願いしたい。」


「南の有力諸侯に支援要請にいくので資金をお出しください。金貨1万枚もあれば、必ず蛮族どもを打ち破る援軍を連れてまいりましょう。」


「どうやら食料が不足して民たちが困っているようです。金貨2万枚もあれば1年分の食料を確保できます。」


「金貨10万枚もあれば、ヘルヘル族と交渉して講和し撤退させることができましょう。私めにお預け願いませんでしょうか。」


いずれも、どさくさに紛れて王都を脱出するときの手土産として持ち逃げするための方便だ。


「よくもまあ、次から次へと嘘八百を並べ立てる者たちが現れるものだ。」

丁寧に断わる官吏や護衛の兵たちも、金の無心に来る詐欺師たちのあまりの多さに呆れていた。


中には、王都内では食料が不足し始めたため食料の供給を増やすよう、町の有力者たちが歎願に来ていた。無い袖は振れない。

だが、同時に事態が切迫してきている合図でもあった。


11歳を迎えていた少女アンドレアの両肩には、国の命運をかけた決断を迫られていた。と言っても選択肢は一つしかない。


「餓死者が出て酷いことになる前に降伏する以外ありませんよね。」


アンドレアは官吏たちを説得しようとするが、その度に反論される。


「そんなことをすれば、代々続いてきた王家が滅ぶことになります。それだけはおやめください。」

官吏たちは見たくない現実から目をそらし、来るはずのない援軍を夢を見ていた。


人は見たいものを見て、信じたいものを信じる。


国王と言っても王国内でさえ絶対的な存在ではありない。各領主たちの代表として王を名乗っているに過ぎない。そのため、王族が絶対的に不利となれば、たとえ普段から蛮族と言ってバカにしている敵にさえ尻尾を振るのが領主たちだ。


ここではっきりしていたのは、王都を囲んでいるヘルヘル族の騎馬軍を打ち破るだけの援軍は絶望的に来ない、ということだけだった。


〇 〇 〇 一つの決断


アンドレアは逃げ出したかった。しかし、自分が逃げ出せば年老いて寝込んでいるサマンサにこの重圧がのしかかるのだと考えると耐えるしかなかった。


あまり食の進まなかった昼食後。気晴らしに侍女たちを連れて王宮にある高台に登って空を見上げていると鳥のようなものが王都に向かって飛んできていた。


「あれはなんの鳥でしょうか。大きそうですね。」


王都からほとんど外に出たことのないアンドレアは見たこともない生き物に目を奪われた。

その巨大なライオンのような体躯の前足には鋭い鈎詰めがあり、鷲のような翼と頭をもっている。


「あれは、神話に出てくるグリフォンですね。初めてみました。」

1人の侍女がそう言いながら叫ぶ。


・・・伝承上の生き物と思っていましたが、私も初めて見ました。

アンドレアは低空で飛んでくるグリフォンをジィッと見つめ続ける。

その背には、一人の少女が乗っていた。


「ひょっとして、あれがドルイド(魔法使い)と呼ばれる人なのでしょうか。」


ドルイドと呼ばれる人々は、遊牧民から遊牧民たちの間を旅し続ける知恵者たちのことだ。

彼らの役割は各地に散らばる遊牧民たちへの情報提供とともに、遊牧民たちの神官的な役割も請け負い、占いや宗教的儀式だけでなく、ときには遊牧民同士の争いの仲裁、や政治的な決定のための助言者としての地位を持っていた。


1人の少女を乗せた一頭のグリフォンは王都の上空をゆっくりと旋回してから、ヘルヘル族の本営に向かって飛び去って行った。


「力のあるドルイドの中には、精霊を使役する者もいると聞いたことがあります。」

異国から来た奴隷身分の侍女が思い出したように話す。


「では、あの背に乗っていた方は、力があり政治的権限のあるドルイドということですか。」

アンドレアは異国の侍女に尋ねる。


「それはわかりませんが、グリフォンのような大精霊を使役できるような力量の方なら、どんな族長でも頭が上がらないと思います。」

「見た目は私と同じぐらいの歳に見えましたが、精霊を使役できるのは天から授けられた才能なのかしら。」

「そこまではわかりかねますが、もしかしたら・・・。」

「もしかしたら?」

アンドレアは先の言葉が聞きたくて反復する。


「いえ、古の聖女様かその生まれ変わりなのかな、と思っただけです。無いですよね。」

異国の侍女ははにかみながら俯いた。


アンドレアは少し考えてから、意を決したように宣言する。

「あの方にすべてを託します。」


・・・この国を亡ぼすために来たヘルヘル族を率いるドルイド(魔法使い)かもしれない。でもあの方ならわかってくだいただけるような気がします。いえ、その慈悲にお縋りするしかない。


アンドレアは直感的にそう信じると、すぐに行動に移った。


反対する官吏たちを無視し、護衛兵たちとともに王宮の外に出る。


3ヶ月間ずっと閉じていた城門を開かせ、馬車を仕立て、護衛の近衛兵と侍女数名をともなってヘルヘル族の陣営に向った。


それは雲一つない青空の下の小さな出来事であった。

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古代王国、後継者争いの日常--王の資格--全4話 白山天狗 @hakusan-tengu

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