第30話

 一方。


 ここは鳳翼学園。

 武たちだけを見過ぎていたようだ。

「あの巫女の言った通りだな」

 謎の巫女が去ってから幾日か経った2時頃である。

研究施設と変わりなくなった2年D組にいる宮本博士は日本酒の入ったコップ酒片手にディスプレイの前で一人ごちていた。

 

 人々が寝静まり、雨の降らなくなった鳳翼学園は海に囲まれていた。

窓からは潮の匂いが立ちこめ。空には満月が何やら憂いの顔をしていた。割れた窓ガラスからは蒸し暑い風が吹き漏れている。

「宮本博士。これから我々はどうなるのでしょう?」

 小太りの研究員が宮本博士の傍らにいた。

 皆、日本酒の入ったコップ酒を飲んでいた。


「さあな。ともかく自衛隊だけが頼りだ。竜宮城は私らがいるから、ここ鳳翼学園を集中的に狙っているのだろうな。だから、しつこく人払いをしているのだ。いいかい? 地球は今のところまだ七対三で海の方が非常に大きい。だが、竜宮城は陸を完全に水没させて地球外生命体の龍が住める星にしようとしているのだ。なので、ここ鳳翼学園では人払いが激しくなるだろうな。あるいは世界には幾つか人払いが激しいところがあるのだろうな」

 小太りの研究員が、同じディスプレイを覗いていた。


 そこには、水没した沖縄の様子が見える。

「ひどいですね。陸を無くして人払い。そして、自分たちが住めるようにする」

「彼らも必死なのさ」

「あ、でも。何かの優しさみたいなものもありますね」

 別のかなり細いといえる研究員も同じディスプレイを覗いていた。

 ディスプレイには、高層ビルや山などは無傷で、人々がそれぞれ避難できるようだ。恐らく全ての国も同じなのだろうが、ライフラインは皆無であろう。

「このぶんだと、エベレスト山には避難民がかなり集まっていますね」

 小太りの研究員がジョークのつもりか、はたまた本気か、どちらとも捉えられることをいった。


「だが、ここではそうはいかないだろうな。鳳翼学園という学校では人払いが激しくなるだろうな。なんせ、私たちを追い出すために龍がしつこいくらいに襲ってくるのだから。あの嬢ちゃんみたいのが、何人もいれば何とかなるのだろうが」

 宮本博士はそう呟き。月夜に酒を傾けた。

廊下では麻生が静かに聞き耳を立てていた。恐らくは、麻生はこうやって何度も宮本博士たちから正確な情報を得ていたのだろう。おお、そうか麻生が龍と雨の関係を知ったのも立ち聞きでだったのだろう。門前の小僧習わぬ経を読むである。

 


 あれから存在しないはずの神社から南西へ約600キロの地点に武たちはいるようだ。

「存在しないはずの神社から東京までの距離は約1000キロもあったのね」

 高取である。

「おれたちは北海道付近にいたんだな」

 ここは広い天鳥船丸の操舵室である。

 武たちがいる広い操舵室には、コンパスがテーブルの中央にあった。ここも殺風景で、丸い窓以外、木製の壁や床しかないのでは、と思えてしまうほどだった。

「これから東京へ行くのかしら?」

 湯築がテーブルの南西を指している黒い点のあるコンパスを見ながら素朴な疑問をていした。


 今では東北の地の遥か上空にいた。

 巫女たちが望遠鏡で四方を確認しているようだ。

 今のところ龍の脅威はない。

「ええ、そのことなんだけど。これから私の母方の従姉妹に会うようよ。とても不思議な人だった。あまり話したことはないけど、なんでも政府とも関係していて、日本の将来の吉凶を占う一族の人って、母さんから聞いた時があるの」

 どうやら、高取は知っていて、私は知らなかったようだ。

「今は政府のどこかの機関へ一人海の上を歩いているって、地姫さんが言っていたわ。政府の機関とお偉いさんたちがいっぱい集まっているようね。それに私たちも加わるみたい」

「お偉いさんたちとか……なんだか緊張して疲れるな。けど、もっとシャンとしないとなあ」

(苦手だけれど……まあ、少しは慣れているんだし。高取の従姉妹か……どんな人だろう?)

「仕方ないのよね。地姫さんたちだけってわけにもいかないのかしら?」

(そうは、いかなそうだな)


 暗雲がすぐ手を伸ばすところにあった。

この天鳥船丸は東京へと真っ直ぐに向かっているようだ。

 下の海上は今のところ穏やかで、龍の襲撃もない。

 太陽がない海である。

 鳥も空を飛ばず。飛び魚も姿がない。荒れ狂う海には、まるで海面に穴を穿つかのような落雷が激しく降り注いでいた。


 真っ暗な天鳥船丸の甲板に、高取が一人佇んでいた。

 操舵室から一人。トボトボと歩いてきたのだ。

 その俯き加減の横顔は、きっと、これから出会う。従姉妹のことを考えているのだろう。

 

 途中から湯築と武も来た。

「高取さんの従姉妹の方は何か特殊な能力があるのよね。地姫さんより凄いのかしら?

 あるいは同じ?」

 湯築が実力はあるのかと聞きたがっている。

「あまり、その人とは会ってないの。顔も覚えていない」

「よく知らないのはわかったよ」

 武は高取を気遣ったが、同時に高取の不思議な力に納得したようだ。

(ほんと、高取には興味が湧くよ)


「そっか。どんな人かもわからない……。実力も……わからない。多分、思うんだけどその人の実力は相当なものだったりするわよね」

 湯築の懸念はあながち間違いではなさそうだ。

 何せ私でもまったく見えないのだ。

 私もあまり知らないのだが、高取家を少々調べてみなければ……。

 まあ、後にすぐにわかるであろうが。

「家では、父と母にもあまり会って話した時がないの」

 高取がぼそりと呟いた。


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新説 水の失われた神々 主道 学 @etoo

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