第29話
湯築が天鳥船丸に泳ぎ着くまでに、高取の落雷が幾度も援護をしていた。二体の龍が湯築のすぐ後ろに迫っていたのだ。
龍の頭上に数本も落雷は直撃していたが、まったく二体の龍は動じなかった。
「さがって!」
見かねた地姫が、天鳥船丸の甲板から、轟雷を落とした。
二体の龍が瞬時に灰塵と化す。
船へと上る梯子を登っていた湯築は、後ろを振り向いた。
なんと、武が果敢に一人で戦っている……。
見事な戦い方を披露していた。
神鉄の刀で、一体また一体と隙を見出しては、喉元に斬り込み。
(まだだ!!)
時には心臓を貫き、確実な殺傷をしている。
ド―ン。
ド―ン。
ドドン。
と、凄まじい破裂音のする。まるで昼のように明るい海上には、地姫の轟雷が降り注ぎ、何体もの龍を灰塵にしていた。
幾つもの虚船丸からの火矢が龍の鱗で弾かれている。
武は神鉄の刀で龍をただ稽古通りに斬るのではなく。この時、実戦を有効に戦うことができるようになったようだ。
荒れ狂う龍に、荒れ狂う海とには、二人の巫女も血潮をまき散らし美しく舞っていた。
「武。これから、私たちはどうなるの? 私たちは今まで必死にやって来たというのに……龍が強すぎるんだわ……。蓮姫さんたちは、私たちにこれ以上もっと強くなれというのかしら? ……多分そうよね。でも、私、これから先。怖くて仕方がないのよ。いつか本当に……」
再び暗雲に覆われてしまった海である。
湯築は天鳥船丸の甲板で、刀の血振りをした武に、鬼姫たちが船室へ戻ると同時に、死の恐れを含んだ弱音を零していた。
湯築が持っていた神鉄の槍は、すぐに大人の男たちが網で引き上げたようだ。
それにしても鬼姫たちの実力は並大抵ではなく。想像を遥かに上回っていたのであるが。恐らく、私の見立てでは、湯築と高取はまだ修行次第では、更に強くなれるはずだ。
「そうだわ。必死にやってきた。これ以上って、ないわ。無茶よ」
高取は俯いて悔しそうに歯を食いしばっていた。その目には悔し涙のようなものがあった。
だが、武はそんな二人を応援してくれていた。
(しょうがないなあ……)
「いや……。せっかくここまできたんだし……。きっと……生きて帰れるさ」
武は生きて帰れる方法を模索した。
「今は世界中で安全なところなんてないだし。この先修練はまだまだあるんだ。鬼姫さんの奥義や蓮姫さんの神出鬼没さも。地姫さんの不思議な凄さも。まだまだ奥が深いんだと思う。例えば学校の微積分と同じさ。微積分がない時代の人たちが一生かかって解いた問題でも。今の時代はあっという間に解けるんだし、大丈夫だと思うよ。学校のように考え方や勉強の仕方を使えば生き残る方法は幾らでも探せるはずさ……。そうだ。一度、基本に戻ってみよう。やっぱり基礎が一番大切だと思うんだ。それに、まだ、鬼姫さんたちから戦い方を全て教えてもらったわけじゃないんだしさ。きっと大丈夫」
(みんなきっと、生きて帰れるんだよ)
武は精悍な顔で、学校の時のいつのも調子になって二人を励ましていた。湯築と高取はそんな武を見て唖然としていた。
やはり、武の言う通りなんにでも基礎というのは大切であろう。
地姫がへとへとに疲れたので、大雨が激しく降り注ぐ天鳥船丸の甲板から、何かが吹っ切れた湯築と高取は、一目散にこれからまた基本的な稽古をしてくれと蓮姫と地姫に強く言い渡したのである。
二人とも武の志や考え方のように、上を見。上を目指していくのだろう。
数刻後。
ここはフロアである。 殺風景な空間だが、気温も船内とまったく同じで、修練の間とはかなり違うようだ。
ところで、武たちはこの天鳥船丸のフロアでも、存在しないはずの神社の修練の間と同じ時間割を持ち出していた。
武は稽古をするため。鬼姫にさっき使った技を教えてほしいと申し出ていた。フロアでたった今、龍と戦った神鉄の刀を腰に差した武はしっかりとした顔をしている。
鬼姫は武の眼差しを受けて、顔を赤くしてこっくりと頷いた。
「武様はさすがですね。(また夜這いをしますから……)私の動きをしっかりと見ていてくださいね」
鬼姫は小声で何か良からぬことを呟き。真剣を一振りし、鞘へ納めた。
どうやら居合い術の型の初歩を伝授するようである。
鬼姫は初発刀からの一連の刀捌きを披露した。
まるで、神楽を舞うようである。
(綺麗だ……)
その美しさに見惚れながら、武は必死に真似をした。
真剣を振り続ける武は、まるで体中の汗を全て絞り出すかのような無駄のない体捌きであった。
見事なものである。
恐らく、武という男は上が現れると、更に上が見えるのだろう。
私にとっては頼もしい限りである。
早く……。
早く……。
私のところへ……。
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