100色のバラを君にあげたい

清水らくは

100色のバラを君にあげたい

「オレンジレッドって呼ばれる色のバラがあるんだって」

「へえ。死ぬまでには見てみたいものね」

 君は笑いながら言った。僕は苦笑いをした。

 君はもうすぐ死ぬ。病院のベッドの上にいる君は、多くの管につながれて、多くの薬を取り入れている。治るためではないらしい。死ぬのを先送りにするためだ。

「本当に見たい?」

「見たい」

「探してくるよ」

「なんで?」

「見せたいから」

 彼女はいつも気丈に振舞っていた。「ライブ行きたいけど、いつでも元気になったらいつでも行けるもんね」「焼肉食べたいけど、退院したらいつでも行けるもんね」そんなことばっかり言っていた。

 自分のことに、気づいていないふりをして。



 今よりもずいぶん元気なころ、君は受け入れていた。

「私のこと好きなの? でも、長くは生きられないよ?」

「それでもいい。一緒にいたい」

「ふふ、不思議な人」

 それなのに長く一緒にいるにつれて、君は自分の病気を否定したがるようになった。「いつかはわからない」「決まったわけじゃない」「奇跡が起こるかもしれない」そんなことを言った。

 ベッドで横になる君を見て、僕は迷っている。どこまで同意してあげればいいのか。何をしてあげればいいのか。

「ほら、黄色のバラだよ」

「強そうな色」

「不思議な感想だね」

「だって、棘があったら、花は弱そうでもいいのに」

「君は弱そうって思われたいかい?」

「ううん。そっか、薔薇も強そうって思われたいんだ」

 彼女は強い、と思っていた。



「黒いバラだよ」

 君は黙っていた。

 眼だけが、動く。僕と薔薇を、交互に見る。

 少しだけ、笑った気がした。

 21本目のバラ。あと、79本。79色のバラを、探さないといけない。

 


「レンガ色のバラだって。色の名前、合っているかな? 違う気がする」

 返事はない。墓石は返事をしないものだ。

 これは、26本目、26色目のバラだ。

 天国には、どんな色のバラが咲いているだろうか。100色の咲く花畑があって、君はそこに寝そべっているだろうか。それとももう、寝ることには飽きただろうか。

 100色目は、オレンジレッドにしようと決めている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100色のバラを君にあげたい 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説