マスカレイド エピローグ

 二一一五年十二月二四日。

 この日を境に三津崎青羽という日本人の経歴はぷつりと途絶えた。


 マスカレイド襲撃事件によって誰もが彼の名を知ったが、その後の彼の消息を知るものはいない。

 まるで大空に消えていったかのように、バベルの浮遊人工島を飛び去る映像を最後に、彼は消えた。


 そして放たれた矢のように時間が過ぎた。




            2120年12月24日(火)「軌道エレベーター」直下

                             特設バトルアリーナ



 今年もまたダンサーの頂点を決める祭典が幕を下ろそうとしていた。

 アナウンサーが表彰台の優勝者にマイクを向けた。


「まずは優勝おめでとうございます。マスカレイドへの挑戦は二回目、早くも世界一位になりましたね」


 マイクを向けられたその女性は一瞬キョトンとした顔をしてそれから吹き出した。


「すみません。笑っちゃって。世界一位という実感はまるで無いですね」


「日本人らしい謙虚さというものですね」


「いえ、現実としてマスカレイドの優勝者を世界一位と言っていいのかなって」


 アナウンサーはぎょっとした顔になる。

 その当人とは思えない発言だ。

 しかしそれに構わず、彼女はシャンパンで濡れた顔をタオルで拭いた。


「だって誰もが知っているでしょう? マスカレイドでどんなに順位を付けたところで世界最強は別にいる。ここに現れないだけで、彼が現れればマスカレイドに出場したダンサーが束になってかかっても敵わない。あの戦いが誰の脳裏にも残っています。事実、近接戦型のバトルドレス乗りはぐっと増えた。彼に憧れてダンサーを目指した人だって少なくないはずです」


 彼女はそう言ってから自分の発言がライブで世界中に配信されていることを思い出したようだった。


「あ、すみません。マスカレイドを貶したつもりはありません。マスカレイドが世界最高峰のバトルダンスの舞台であることは間違いないです。ここで頂点に立てた。こんな嬉しいことはありません。私一人の力ではありません。スポンサーの皆さん、協力してくれたサポーターの方々、そして応援してくださった皆さんのおかげです」


 優等生なそんな発言をしてから、彼女は少し迷い、結局はその言葉を口にした。


「一言だけ。おい、青羽、見てるか。世界一位とやらになったぞ。次はアンタを引きずり下ろして世界最強になってやる。あたしからの挑戦は逃げない約束だろう? だからしぶとく生きてるなら連絡を寄越しな」


 彼女はそう言ってカメラにシャンパンをぶっかけた。




              2120年12月24日(火)「軌道エレベーター」

                               宇宙港 外縁部



「引きずり下ろしたけりゃここまで上がってくるんだな」


 聞こえないと知りつつもそう呟く。


 アメリカによって新しい戸籍を得た俺は海軍に所属していくつかの紛争地帯を経験し、宇宙軍へと移籍になって、今はこうして宇宙船外活動のスタッフとしてここにいる。

 反重力装置で擬似的な無重力に慣れた俺にとっては宇宙の無重力空間は自宅の庭のようなものだ。


 ただバベルに入国はできないので俺が宇宙に上がるのに軌道エレベーターは使えなかった。

 アメリカはいろいろ理由をこじつけてロケットで他の荷物と共に俺たちを宇宙に送り出した。

 まあ帰りはシールド張って自由落下すればいいので、上がってしまった今は気楽なものだ。


「意地悪を言ってやるな。連絡くらいしてやればどうだ?」


最初の一歩ファーストステップ”号の情報分析官として乗り込んだ卯月が言う。


「あいつ絶対勝負を挑んでくるぞ。面倒くさい」


「……生きてることくらい伝えてあげればと思います」


 通信士のひとみが言う。


 卯月もひとみも、俺がアメリカ軍に仕官することを条件にアメリカに身柄引き渡し交渉をしてもらった。

 もちろん他のスタッフも同様だ。

 その後はそれぞれ別の道を生きてきたが、こんな空の果てでまた一緒に仕事をすることになるとはな。


「マスカレイドで優勝したんだ。しばらくはそれどころじゃないだろ。また今度な」


「これ絶対連絡しないやつだ」


「どうせこのミッションが成功すれば俺たちが生きてることくらい知れるさ」


「まあ確かにそうだな」


「……人類初のワープドライブの実験ですからね」


 人類初とは言っても遠隔操作の無人機や、動物を載せてのワープ実験には成功している。

 まず問題は起きないはずだ。

 それでも多大なコストをかけてまで俺たちが送り込まれたのは、万が一に対応できるスタッフだと思われているからだろう。


 俺たちの前には星々の大海が広がっている。


「まったく、お前には大空でもまだ狭かったんだなあ」


「お前たちがいてくれたからこそさ。だから俺はどこまでも飛んでいける」


 制限なんて自分の思い込みでしか無い。

 それを取っ払いさえすれば、どこまでも行ける。


 さあ、行こう。

 仲間たちと共に、新しい地平へ。




―完―












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以上にてバトルダンスアンリミテッド -reboot- は完結です。

お付き合いいただきありがとうございました。


こちらを再投稿していくうちに思うことがあり、途中で止まっていた下記作品の続きをちゃんと書くことにしました。


異世界現代あっちこっち ~ゲーム化した地球でステータス最底辺の僕が自由に異世界に行けるようになって出会った女の子とひたすら幸せになる話~

https://kakuyomu.jp/works/16816700426605933105


どうかこちらの作品もよろしくお願いいたします。

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バトルダンスアンリミテッド -Reboot- 二上たいら @kelpie

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