色なき者たちへ

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色なき者たちへ

 この物語は俺が巻き込まれた内容を雑多にまとめた記録である。


 時は5月。GWが明けて蒸し暑さが増し始めたころ。俺は久しぶりにAと会う機会を得た。ボサノバが流れるカフェでゆったり過ごしながらお互いの近況を話している中、Aがある話を振ってきた。


 最近誕生した非営利団体、「色芯いろしん」に加入したという話だ。

 色芯と聞いた時、俺は何のことかわからなかった。もしかしたら宗教法人なのか、そんな風に考えていると一枚の紙を取り出す。


 美術系スクールに掲載されているような写真が貼られている。「下には初心者歓迎、アットホームな雰囲気です」とどこか違和感を持たせる文が書かれている。


「ここ、いい場所だよぉ~~困ったときにお金を出せば悩みを聞いてくれるし、じいさんもばあさんも気の良い人ばっかなんだよ」

「そうなのか。因みにいくらぐらいだ?」


 俺は興味本位で質問する。


「月三千円ぐらいだね」


 意外と高いな、けど美術系の場所ならそんなもんかと俺は思っていた。まぁAにはちょうど良い環境がそろっていたのだろう。俺は苦いコーヒーを飲みながら冷静に推測する。


「なぁ、○○。お前も色芯に入らないか?」

「いや、遠慮しとくよ。今本業が忙しいからね」

「そうか……なら仕方ないな」


 Aが残念そうに返事をすると、彼のポケットに入った携帯から着信音が鳴った。Aは画面を見るや顔色を明るくする。どうやら意中の人からだったらしい。


「ごめん、お金置いとくから払っておいてくれ」

「あぁ、わかったよ。因みに、女か?」

「まぁ、そんなもんかな。それじゃ、あとは任せたよ」

「おう、またな」


 俺は去っていくAを見送った後、支払いを終えてカフェを後にした。

 交通量の多い信号を渡りつつ、人波を軽い足取りで避けていく。暑い日によって生成される多量の汗をワイシャツで拭いながら歩いていると、会社についた。


 足音を鳴らしながら三階に上がると、ひんやりした風が俺の熱を整える。うっとりした表情を浮かべていると、部長が声をかけてきた。


「暇が長かったな、○○。今日は何を書く予定だ?」

「そうっすね……とりあえず、昨日書き溜めておいた芸能関係のスキャンダルのほうでも書いておこうと思います」

「そうか。因みに裏は取ってるんだろうな?」

「えぇ。とってますよ」


 そう言いながらへらへらと笑ってみせる。


「そうか。それじゃあ、今日も仕事頼んだぞ」

「了解しました」


 俺は部長に背中をばちんとたたかれた後、デスクに座った。ひりひり背中が痛む中、いつものように執筆に励む。カタカタとタイピングしながら作業をしている中、周りから様々な声が聞こえてくる。


「この食レポ記事、売れるかね?」

「あんまり売れないんじゃないっすかねぇ」

「おい、ここの記事間違っているぞ」

「すみません、修正します」


 俺と同じように記者を志す人間たちの声は混ざりに混ざり、ある意味BGMとして機能している。うるさすぎて業務にならないと考えた俺は人知れずイヤフォンを取り出して音楽を聴くことにした。


 音楽を時折変えながらループ再生しつつ、作業する。一つ一つ、思いを伝えられるように文章を書く。そんなことをしていると、定時がやってきた。


 数人が帰っていく中、俺は今日もバチバチ打つ。「色」がほとんど求められないこの業界で一番重要なのは、相手が見たときにすぐ認識できることだ。


 そして、文章を詰めるには時間がいる。

 つまり、残業が自然と増えるのである。


「……とりあえずこれぐらいで良いのか?」


 俺は眉をしかめながら原稿に目を通す。少しばかり拙い箇所は散見しているが、下書きとしてなら上々だろう。一息つきながら顔を仰いだ後、ディスプレイに視線を移す。


「もう、十時かぁ。早いなぁ、時の流れはよぉ」


 俺はため息をつきながらPCの電源を切る。誰一人いない職場の電気やエアコンを確認した後、俺は職場を後にした。


 街を歩くたび、色鮮やかに輝く看板明かりが目についた。聞いたことがあったりなかったりする多くの企業看板を見るたび、いつもこう思う。


「自分一人の悩みなんてちっぽけだよな」


 俺はぼそりとそれを言う。誰にも聞こえないほどの大きさでつぶやいた声は、群衆の足音にかき消されていく。盛り上がる街中を猫背で歩きながら、帰路につく。


 何気ない、平凡な日々。それを繰り返し続ける毎日。

 機械的に生きている俺の人生は、何色なのだろうか。



 シャワーを浴び、適当に料理を作った後、俺はテレビをつけた。

 テレビでは毎週行われている議論番組が流れていた。華やかな衣装を着た男女が楽しげに議論をしている中、とある議題が目に映る。


 その議題とは、宗教法人の話だった。

 宗教法人の話題が一時期上がったな、と思いつつ俺はスマホに視線を向ける。


 ニューストレンドは議員の汚職疑惑、サッカー選手の移籍、など様々な内容が雑多に上がっている。


 俺は情報が錯綜しているなと思いつつテレビに視線を向けた。

 直後、見慣れた人物が映りあっけにとられたような声を出した。

 

 そこに映っていた人物は、まごうことなきAだったのだ。

 Aは楽しそうな顔でカメラに映りながら記者の質問に答えていた。


「あなたはどうして新興宗教に?」

「宗教なんかじゃありませんよ、あれはイラストスクールです」

「でも、宗教法人と登録されていませんでしたか?」

「いえいえいえ。そんなわけないですよ」

 

 Aは質問に答えてはいるものの、どこか変に感じた。先ほどあったAよりも、どこか人間味がないような気がしたのである。


 俺が疑問を抱いていると、映像が切り替わる。新築の建物が映し出されていた。テロップには「色芯」と表示されている。間違いない、Aが言っていた建物だ。


「マジか、宗教法人やん、これ」


 俺は目を見開きながらAに電話する。

 二回音が鳴った後、着信元から声がなった。


「やぁやぁ、○○さん! はじめまして!! 私は本団体の支部長を務めている米玖めくというものですわ! いやぁ、この度はでんわありがとうございます!!」


 俺はあっけにとられた。なぜ、電話に出た相手がAではないんだ?


「ここで電話してくれたのも何かの縁! 色芯にご興味が出たのでしょぉう? 善は急げと言いますし、そちらに係を向かわせておりますから!」


 係という言葉を聞いた直後、俺はすぐに電話を切った。

 それと同時だった。どんどん、と音が鳴ったのだ。


「○○~~いるんだろ? 出てきてくれよ~~」


 間違いない、Aだ。あの野郎、魂を売りやがった。

 何がイラストスクールだ。立派な勧誘じゃないか。


「頼むからぁ~~出てきてよぉ~~!!」


 どんどん、と叩く音が強くなる。きしむ音と笑い声が混ざり合い、反響する。


「出て来いよ、なぁ!?」


 ドン、と蹴りつける音が響いた後、俺は硬直していた頭を切り替えた。もしこのまま何もしなければ、俺は殺されるかもしれなかったからだ。


 俺はチェーンを付けた後、トイレに籠り百十番に繋いだ。

 直後、携帯から声が鳴る。


「助けてくれ! 強盗が押し入ろうとしているんだ!! 場所は――だ! すぐに来てくれ!」

「わ、わかりました。早急に向かいます」


 警官はそう言った後、電話を切った。それから、三十分ほどたっただろうか。


 突如ドン、と鈍器をたたきつける音が響いた。いったい何の音だ、と俺が思っているとAではない男の声が聞こえてきた。


「○○さん、無事ですか!?」


 俺はトイレからそろりと出た後、誰が来ているかチェーンをつけて確認する。警官帽が見えた俺は、相手が警察だと理解し、扉を開いた。


「お疲れさまでした、○○さん。大変でしたね。それと、部屋の外には出ないでください」


 突然言われた言葉に、俺は動揺した。

 同時に、理解する。さっきの音は――


 Aが飛び降りた音だったのだと。



 事件が一月たった頃。


 とある病院の病室にて、俺とAは再会した。

 Aの足にはギプスがまかれている。二階から飛んだと聞いていたが、意外に怪我が重そうだ。そんなことを思っていると、Aが口を開く。

 

「……ごめんな、○○。俺、変だったわ」

「冷静になってくれて何よりだよ。けど、一体なんであれに入ったんだ?」


 Aは少し黙った後、俺の顔を見つめた。


「前、話したっけか。俺が記者になった理由」

「確か、金が稼ぎたいからだったか」

「あぁ、そうだな。でもな、違うんだよ。俺が記者を志した理由は、「色」が欲しかったからなんだ」


「こう見えてさ、俺って無個性だなっておもってんだよね。一つも突出した個性も、趣味も、何もない。いわゆる「無色」に生きている人間ってやつだよ」


 無色に生きている人間という言葉を聞いた俺は、複雑な気持ちになった。俺自身、色を持たずに機械的な人生を送っていると感じていたからだ。


「そういう奴らに付け込むのが上手いのかねぇ。連中は。実際、巻き込まれている連中はみんなそうだったよ。仕事はしているけど、芯がなくて。どこかぐらぐらと生き方をゆだねてしまうみたいな、そんな感じの奴らさ」


 Aはハハッと笑った後、ため息をついた。表情には陰りが見える。

 それもそうだ。今回の一件で、Aは記者をやめることになったのだから。


「……そうか。まぁ、あれだ。思いつめすぎるなよ」

「……あぁ、そうだな」

「それじゃ、俺は仕事に戻るよ」

「……あぁ」


 俺は一言呟いてから仕事に戻ろうとする。

 そんな時、Aが尋ねてきた。


「なんで、飛び降りたのか聞かないのか?」


 声は、重々しかった。


「別に、聞いたところで得はしないだろ」

「そうか……まぁ、そうだよな。なぁ、○○。俺、変われるかな」

「……それは、おまえにしかわからないよ」


 俺はそう告げた後、職場へと帰った。


 色がない歯車として、俺は今日も人生を送る。

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