とりあえず

一河 吉人

とりあえず 

「おう、ひさしぶり」

「おー、年末以来か?」


 駅前の謎オブジェに佇む男に声をかけると、広い背中が振り返った。前回竹田と会ったのは忘年会だから、もう半年にもなるか。といっても普通にネットで会話しているので特に感慨もない、なんなら今回の呼び出しだって通話アプリだったくらいだ。


「すまねえな、いきなり呼び出して」

「いやいや、最近ご無沙汰だったからね。たまには酒もいいさ」


 二人で予約していた飲み屋に入り、まずは飲み物を頼む。


「えーと、車の運転があるからウーロン茶で」

「俺もウーロン茶で」


 注文を終えると、おしぼりで手を拭きながらメニューを広げた。

 

「めずらしいな、禁酒か?」

「そうじゃねえ」


 竹田は割り箸を擦りながら言った。


「とりあえず生、ってのがいやなんだよ」


 まーたわけのわからないことを言い出したぞ。


「まーたわけのわからないことを言い出したぞ」

「聞け。ビールはいい、飲みたくて飲むのも構わねえ。だが、とりあえずって何だとりあえずって夕食は何がいいって聞かれて『カレーでいいよ』って言われたらカチンとくるだろ? いいよ、じゃねーんだよ」

「あーそれは分かる」


 謎理論を操る男、それが竹田だが、今回のはわりかし理解しやすいようだ。


「失礼のないよう、確固たる意志で注文しろってことよ。とりあえずビール、とりあえずマグロ、とりあえずバリカタ、じゃねえ!」

「ここで言ったらとりあえずネギマ、か?」


 トリだけに。


「とりあえずでダジャレをねじ込むな」


 すみません。


「僕は、私は、キンキンに冷えた生ビールが飲みたいんです! って言えって話だ」

「僕は、下らないダジャレが言いたいです」

「許さねえ」


 ええ……。


「それでウーロン茶?」

「まあ生以外なら何でもよかったんだがな、せっかくだからアルコールは外しとこうかと」


 何でもよかったはいいんかい。


 すんませーん、熱燗ー! と竹田は手を上げた。


「結局すぐ飲むんかい」

「ああ? 何のための飲み屋だよ」


 じゃあ最初から頼め、下らない意地で店員さんに迷惑をかけるな。


「俺は言いたいわけよ、とりあえずは止めろと」


 竹田が両手を広げて力説する。


「とりあえずで死亡事故を起こすな! トラックの運ちゃんがかわいそうだろ」


 だいぶ話が飛んだな。


「とりあえずで村を焼くな! とりあえずで師匠を殺すな!!」


 竹田は拳を握りしめて演説をぶった。


「とりあえずで結ばれもしない幼馴染ヒロインを出すな!!!!」

「……」


 なるほど、竹田が今日見てきた新作映画はトラック転生して幼馴染が負けたんだな。


「……ダメだったか」

「……おうよ」


 こいつは重度の幼馴染愛好者だ。それ以上の言葉はいるまい。


「実際どうだったんだ」

「どうもこうもねえよ」


 竹田は出されたばかりのおちょこをあおった。


「そもそも、どう考えてもヒロインは別のキャラだっただろ」

「ああ、いつも通りに外の世界からやってきたなんか神秘的な感じのあれだよ」


 キービジュアルのど真ん中で主人公と手を繋いでたのはその白髪ヒロインで、幼馴染は日常担当のその他一人扱いだった。封切り前から負けてるだろ幼馴染。


「男には、逃げられない戦いがあるんだよ。1%の可能性があるならば!!」


 いや、PVの時点でもう振られてたので0%だぞあれは。


「で、見事玉砕したと」

「おおよ。ったく主人公も主人公だぜ、毎度毎度同じような女に引っかかりやがって。おい、それはストックホルム症候群と吊り橋効果と同情と隣の芝生が混ざり合ってるだけで愛でも恋でもねーんだっつーの!」


 幼馴染ヒロインも見たことのない夏の日の田舎の風景みたいなもんだろ。


 竹田はすでに酔っ払ってくだを巻いている。こいつ、図体はでかいのに酒には弱いいからなあ。


「まあ飲め飲め。今日は愚痴を言うために俺を呼び出したんだろ。家まで送ってくくらいはしてやるさ」

「ん? 別にそういうわけでもないんだが」


 竹田はバツが悪そうに、顔をそむけて言った。


「まあ誰でもよかったんだがな。チャット欄に名前があったからとりあえず」


 とりあえずで人を呼び出すな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とりあえず 一河 吉人 @109mt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ