第15話 親子①

 体力テストが終わり、給食の時間となった。教室内では、席が近いもの四人で班が結成され、それぞれが机をくっつけ、共に給食を食べる。昨日、レイとエルナを除く二人は、陰鬱な顔を浮かべるレイに遠慮して、ほとんど会話がなかったが、今日は元気になったレイの様子と、いつもとは違い、どこか余裕を感じさせるエルナの姿を認めると、二人は安心した表情を浮かべた。


「レイ君、体力テストで凄かったんだよ」


 授業の時は、いつもレイの前に座っているアキヒトは、何も知らない女子たちに、興奮気味に話した。


「そうなんだ、私も見てみたかったな」


 アキヒトの隣の席のメグミは、微笑まし気に、レイを見つめた。


「あれは見物だったよ。ハヤト君と全種目で勝負にしたんだけど、勝敗を左右する最後のシャトルランでレイ君が勝った時は、皆大歓声だったよ」


 前二人が盛り上がる中、当のレイは少し恥ずかしそうに、みそ汁をすすっていた。目の前のエルナは大して興味がなさそうに、鮭を箸できれいにつまみ、上品に口の中に入れる。そして、レイがこちらを見ていることに気が付くと、ゆっくりと視線を合わせた。


「あんたは、話題に尽きないわね」


「ハヤトが持ち上げてくれたからだよ」


「あいつと関わるのはやめときなさい」


 冷たく言い放つエルナに、レイは眉を顰める。


「どうして?」


「調子乗りだから」


 みそ汁を飲み、それ以上の説明をする気のないエルナに変わって、隣にいたメグミが口を開いた。


「ハヤト君はエルナちゃんを好きなの」


「ちょっと、メグミ……」


 慌てるエルナに、レイは更に眉を顰めた。


「なんでわざわざエルナなんかを…」


 エルナがレイを力強い目つきで睨んだ。


「あんたってやっぱり……」


 レイはエルナを無視して、ハヤトの発言を思い出していた。


(ハヤトは、骨っ節や、肝っ玉が太い人が好きって言っていたっけ)


 目の前で自分を罵倒してくるエルナを姿を見たレイは、思わず納得し、笑顔を見せた。


「エルナって骨が太そうだもんね」


 エルナが顔を真っ赤にして、目を見開いた。


「どういう意味よそれ!」


 その純朴な顔が油となったのか、もの凄い勢いで机越しに迫るエルナを、メグミは取り押さえながら、まあまあと、なだめた。


 その後は、エルナは多少不機嫌だったが、四人で仲良く世間話をした。話題は自然と家族構成に移っていった。


「僕の里親、僕に冷たいんだよ。やれ飯を作れだ、やれ掃除をしろだとか。そっちは大して僕に何かしてくれたわけでもないのに」


 酒場の酔っぱらいのように、愚痴をいうアキヒトに、メグミが同情した。


「それは可哀そう……。けど、献身的に育ててくれる里親の方が珍しいと思うよ。自分のクローンを得るための点数稼ぎにしている人が大半な気がするから」


「メグミちゃんの保護者は実の親だったよね?」


 レイはメグミの表情に陰りが見えた。


「うん、でもあの人たちも私に全然かまってくれないよ」


「どうして?実の親なのに」


 横からレイが尋ねた。


「私の親に限らず、皆自分の事、或いは自分のクローンにしか興味ないのよ。自分の子供より」


 その説明では、レイは納得していない様だったので、横にいたエルナが補足をした。


「元来、生物というのは自分の遺伝子を残すことを優先するけど、普通の生殖じゃ、半分しかそれを残せない。だから、100%自分の遺伝子を残せるクローンに、人類は生物的に惹かれていったの」


 さらりと、『生殖』という言葉を使うエルナに驚いて、メグミとアキヒトは顔を見合わせた。


「その結果、人類種という概念は、それぞれの遺伝子ごとに分けられていって、自分を増やすことが最優先になったの。仮に自分のクローンを100%気に掛ける人がいたら、その人は自分の子供を50%しか気に掛けないでしょうね」


 レイはカーラが話していた新個人主義を思い出した。


「なら、なんで子供を作るの?」


「多様性の確保ゆえの、優秀な遺伝子を持つ者の義務。何らかの形で社会に貢献すると、自身のクローンを作る権利と一緒に与えられるの」


 レイは、カーラのことを思い返していた。


(カーラは4人の次世代クローンが居るって言っていた。つまり、桐谷の人達には既に子供がいるってことだよね)


「そういえば、エルナちゃんの家はどんな感じ?」


 物思いに耽っていたレイの隣から、アキヒトが尋ねた。


「実の父親が一人、ただそれだけよ」


 冷たく答えるエルナを見て、エルナがそれ以上話したくないことは明白だった。レイは、アキヒトがその質問をしたことを後悔したことを見てとった。気まずい雰囲気が流れたところ、レイが話題を変えた。


「放課後は皆何してるの?」


「私はスイミングに通ってるの」


 咄嗟にメグミは答えた。それからは最初程ではないが、それなりの盛り上がりを見せ、給食の時間は終わった。


 その日は、それで授業が終わり、直ぐに解散となった。エルナは真っ先に教室を出て、下の階に小走りで向かっていった。よっぽど学校が嫌いなのかと、レイが考えながら廊下に出ると、後ろから声をかけられた。


「よう、レイ。一緒に帰ろうぜ」


 屈託のない笑顔でそこに立っていたのは、ハヤトだった。


「僕の家は西区だけど、ハヤトは?」


「俺もだ、さあ帰ろうぜ」


 そういうと、彼はそそくさと歩き出した。ハヤトの歩く速度は常人より早かったので、レイは自然と彼の一歩後ろを歩くことになった。


「レイ、勉強の方はどんな感じだ?」


「中々難しいよ。予習をして何とか食らいついてる感じ」


 ハヤトが笑顔で振り返った。


「俺が教えてやろうか?」


「大丈夫、隣の子が教えてくれるって。そもそも、ハヤトは勉強できるの?」


「あたぼうよ」


 溌剌と答えるハヤトを見て、レイは少し残念がった。


「そっかー、僕だけか。全部体育だったら満点に近いのになー」


 それを聞いたハヤトは前方を捉えたまま、静かに口を開いた。


「そういえばお前、今日の最後のシャトルランで手を抜いたろ?」


 レイの心臓がドクンとはねた。レイは折角出来た友達に嘘をつきたくはなかった。


「うん……」


 ハヤトは依然前を向いていたので、レイには表情が見えなかった。


「そうか、あの底知れぬ体力は何だか訳アリみたいだから、理由は聞かない。でも、これだけは言っておく──」


 レイがハヤトを見上げると、彼はレイに笑顔で振り返り、


「スポーツの出来る男はモテる」


 と、だけ言った。その緩急の変化のせいで、レイはつい笑ってしまった。


「エルナには振られたのに?」


「お前! 何でそのことを──」


 その瞬間校舎を出た二人は、エルナがポールと仲良く話しているのが見えた。


「噂をすればなんとやら……」


「なんでお父さんが来てるのかな?」


 ハヤトが憐れむような視線を送った。


「あの移民の法律案が参議院で可決されて以降、移民との間に溝が出来ちまってるからな。娘を心配して送り迎えをしてるんだろう」


 エルナは教室では見せなかった笑顔を、父親に振舞っていた。子も親もお互いを大切に思っているのを感じたレイは、血の繋がった親というものが、羨ましくなった。レイが彼らを見つめていると、ハヤトがなじりを入れてきた。


「お前、もしかしてあいつのことが好きなのか? やめとけよ。あいつは性悪だから」


「そういうのじゃないんだけど、なんだか気になるんだよね」


「心の底から言う──やめとけ。あいつは永遠のファザコンかもしれないし」


 その声が聞こえたのか、ポールがレイたちに気付き、手を振っていた。どちらにしろ、校門を通らずしては出れなかったため、二人はエルナたちに近づいた。


「また会ったね、レイ君。まさかここに転校してきたとは」


 レイは、エルナが笑顔で話していた内容の一部は自身の事だと分かり、彼女を見た。


「あんたの悪口で盛り上がっていたの」


 ぶっきらぼうに話すエルナに、ハヤトは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「ほら、こいつ性根が腐ってるんだよ。血迷ってもこいつだけは好きになるなよ」


 エルナはムッとした表情を浮かべた。


「誰かしら、その性根が腐ったあたしを好きだった馬鹿な男は?」


「別に好きだったわけじゃねぇよ。馬鹿にしてきたクラスメイトを全員、言葉の暴力で病院送りにしたって面白い噂が聞こえてきたから、近づいただけで──」


「何それ聞きたい!」


 突如、面白そうなトピックが降ってきたので、レイは咄嗟に食いついた。


「絶対、嫌」


「少しだけ……」


 レイがどれだけ懇願しても、エルナが首を縦に振る気配はなかった。一連の会話を聞いて、その場で空気となっていたポールが突如笑い出した。


「皆、元気だね。エルナにこんなに仲のいい友達がいたのは知らなかった」


「別に友達じゃあ──」


 否定をしようとするエルナを無視して、ポールは言葉を紡いだ。


「よかったら皆、この後うちに来ないかい?」


「パパ、そんな急に──」


「行きたいです!」


 さっきの話を聞けると思ったレイは、その提案に飛びついた。


「じゃあ、僕もお言葉に甘えて」


 ハヤトもそれに乗ってきて、もう断れないと思ったエルナはため息をついた。


「おやつはでないけど、文句言わないでね」


「「え~~」」


 分かりやすく息ぴったりにおどける二人を見て、


「だから、こいつと関わってほしくなかったのよ」


 と、エルナは再度ため息を漏らした。




 


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クローントクローン 近衛瞬 @konoeshun

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