Part2

第14話 競争と友情

 算数の次は体育だった。この学校では男子は教室、女子は更衣室で着替えるという形式を取っていた。背中の刻印を、誰にも見せないように着替えを終えたレイは、地下にある体育館で指示された場所に名簿順に並ぶ。教室では見たことのない人物もたくさんいたので、前にいた人に聞くと、体育はレイのいる二組と一組が合併し、男女別々で行うらしい。そして、今日は体力テストの日で、残りの午前の授業はそれに費やすことも聞いた。レイがどんなテストをするのかと考えていると、隣に並んだ背の高い少年がレイを見て、声をかけた。


「おい、お前が噂の転校生だよな」


 また、例の噂かと、レイが少しうんざりしていると、


「隣のクラスでも聞こえてきたぜ。転校して早々、クラス全員を怒鳴りつけるお前の勇ましい声が」


 と、笑顔を向けてきた。レイは小っ恥ずかしくなりながらも、悪意のない彼の顔を見ると、嬉しくなった。


「そうだよ。中々気分が良かったから、今度、そっちでもやってみたら」


 少年は大声で笑った。


「違いねえ。この学年じゃ、二組のみに海外の血を引いてるやつがいて、何かと問題が起きてたんだよ。それにあいつらネチネチしたやつが多くてさ、お前がビシッと言ってくれたおかげで、雰囲気が良くなった気がするぞ」


 レイの周りに並んでいた二組の生徒が、その少年を睨む。


「おっと、標的が俺に移ったらたまったもんじゃないから、悪口はここら辺にしておこう。俺は桐葉ハヤトだ。そして、お前みたいに骨っ節のある人間が好きだ。よろしくな」


 爽やかな笑顔で手を差し出すハヤトを見て、レイはそれに負けない笑顔で、その手を取った。


「僕は、天音レイ。よろしく。それで骨っ節があるってどういう意味?」


 首をかしげるレイにハヤトは素早く返した。


「肝っ玉が太いみたいな感じだ。要は、その自分を貫く心持ちを気に入ったわけだ」


 ハヤトがそう言い終わると、前方の教師が、集合を確認し、テストの説明を始めたので、会話は中断された。




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 最初の項目は反復横跳びだった。レイはそれが何かさえ知らなかったが、聞いたら単純なものだった。測定は二グループに分かれ、片方が一列になり測定中、もう一方のグループの相方にあたる人間がそれを記録する。レイの相方は、奇しくも先ほどのハヤトだった。


「さっき振りだな。俺が最初みたいだから、しっかり見ていてくれよ」


 そう言い残すと、彼は真剣な表情になり、腰を沈める。周りの人達も彼の動向に注目している様だった。スタートの合図と共に、彼は見えない速度で足を左右に動かした。周りから思わず歓声が漏れる。レイは何とか目を凝らし、その回数を数える。終了の合図が鳴り、皆がレイに注目した。


「54回だよ」


 レイがそう告げると、周りから称賛の声が聞こえた。一組、二組関係なしに、彼を褒めたたえているのを見ると、彼は学年全体で人気がある人物なんだと、想像できた。そして、自分の結果を鼻に掛けないことも、彼の人気に一役買っているようだった。


「よし、行ってこい!」


 ハヤトはレイの肩を押し、元気を与えるような仕草をした。レイも、ハヤトに倣い腰を下ろし、合図を待った。そして、合図が聞こえた瞬間、体全体を全力で左右に動かす。作業している時の、驚異的な集中力を生かし、周囲の音が全く入ってこない状態で、彼は必死に動いた。誰かが後ろからレイの背中を叩いて、既に計測が終了していることを告げた。そして、レイがハヤトの方を向くと、彼を含め、周りの全員が驚いたような顔をしていた。


「いくつだった?」


 そう尋ねるレイに、ハヤトは口を震わせながら答えた。


「60」


 生徒たちは、さっきとは比べものにならない歓声を上げた。


「お前凄いな!」


「朝、叫んでるのをみた時から、お前は一味違うと思ってたぜ」


「コツを伝授してくれよ」


 単純に、注目の的であったハヤトの記録を上回ったことより、貧弱そうなレイの体が、あんなに高速で動いたことに、驚いたようだった。今朝、エルナを馬鹿にしていたクラスメイトも素直に拍手をして、レイを称賛していた。レイは何だか悪くない気分だった。そんな彼のもとに、ハヤトが人混みをかき分け、近づいた。


「お前は最高だ。どうだ、他の項目でも、俺と競わないか?」


 その言葉で、周りがレイに注目する。


「まあ、嫌でも比べられることになりそうだがな」


 レイは苦笑した。


「面白そうだね、でも負けないよ」


 挑戦的な目をするレイに、ハヤトも負けじと目を見開き、両者の間に火花が散る。




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 その後は、長座体前屈、上体起こし、ハンドボール投げ、立ち幅跳び、握力など、様々な種目をこなしていった。基本的に高水準な成績を収めるハヤトとは対照的に、レイには波があった。彼は基礎体力と体の柔軟さを生かし、上体起こしや、長座体前屈などでは、ハヤトを凌駕する結果を残したが、他の項目は、平均以下ということも珍しくなかった。現在、レイが一勝勝ち越しで、残りの50m走と、シャトルランを実施しに、一行は屋上にある人工芝のグラウンドに移動した。レイがストレッチをしていると、数人のクラスメイトの男子たちが集まってきた。そして、彼らを笑顔で迎えるレイに対して、一言放った。


「絶対勝てよ!」


「もちろん!」


 最初は50m走からだった。グラウンドの中心に2コースで1セットのラインがいくつも浮かび上がり、体育教師から体育館でのペアがそれぞれ同時に走ることを告げられた。ゴールラインに計測係がいないことを考えるに、ラインを超すことで自動的にタイムを計測するようだ。徐々にレイたちの番が近づいてくる。緊張するレイとは対照的に、ハヤトは余裕の笑みを浮かべていた。前に並んでいた人たちが、全員向こう側へ回った。二人は、ゆっくり腰を下ろし、片足を後ろに下げる。周囲が固唾を飲んで、その光景を見守った。


 合図の笛がなり、二人は同時に地面を蹴った。その遠く先にあるゴールだけを見つめ、レイはひたすら走った。しかし、視界の端から徐々に、ハヤトの姿が見えてくる。レイは負けじと、足に力を込め、腕を交互に前に出す。


 結果は惨敗だった。周囲がハヤトを称える中、彼自身はどこか安心したような表情を浮かべていた。そして、レイのもとに駆け寄り、


「次こそが最後だ」


 と、息を切らしながら言った。


 全員の50m走の計測が終えると、体育教師がスマホを取り出し、さっきまであった50mのコースを消し、20mのシャトルランコースをグラウンド全体に描いた。今回は一度に全員分を計測するようだった。レイとハヤトは隣り合う位置で、スタートラインに立ち、一度顔合わせをした後、直ぐに正面を向き直した。これの勝敗が二人の体力テストの勝敗にあたるので、今日一番の緊張が走る。


 スタートの合図で全員が緩やかな走り出しを見せた。最初は余裕のあった周りの走者の表情は、40回を超えたあたりから、雲行きが怪しくなってきた。そして、50回を超えたあたりでは、既に半数以上が脱落をしていた。ハヤトは額に汗をかき、徐々に疲れが見えてきた。60回に近づくともう残されたのはハヤトとレイのみであったが、ハヤトの方は、ペースが一定にならず、ライン付近でぎりぎりに加速をする様子が見えてきた。そして、ついに66回に辿り着こうとした際、ついに彼がラインを超すのを前に音楽が切り替わる。焦って、引き返し、もう一方のラインを踏もうとしたが、彼にはその体力がなかった。そして、その先で振り返ったレイはここでないどこかを見つめ、ひたすらに走り続けていた。その瞬間、本日最高峰の歓声が発せられ、会場が沸いた。体育教師は、それが音楽を妨げるのを阻止するため、生徒たちをなだめた。


 そして、全員がレイの走行に静かに見守る。レイは一切の表情もペースも変えずに、機械的にグラウンドを横断し続ける。始めの方、観客たちは彼にエールを送っていたが、徐々に彼のその異様な統一性に、眉を顰める者たちが現れた。反復横跳びの時は終了の合図も聞こえなかったレイだったが、彼に対する人々の気持ちの変化は敏感に感じ取った。レイは徐々にペースを落とし、呼吸を荒くした。目の前に見えたラインを超すことは容易だったが、あえて見送り、反対側のラインへ、一心不乱に駆けこもうとしているように、偽った。そして再度、ラインを超す前に音楽が切り替わり、レイの測定は終了した。


 そして、一組も二組もレイのもとに、駆け寄ってくる様子が見え、その先頭にいるハヤトに目が留まった。


「いや~負けたよ。お前はやっぱ凄い男だよ」


 そう言いながら、レイの肩を叩く。


「次は絶対俺が勝つからな」


「それはどうかな」


 レイは、カーラを真似た、人を小馬鹿にしたような笑顔を見せ、それを見たハヤトは高らかに笑った。


 

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