第13話 クローン社会④

 翌朝、レイはいつも通り、早起きをした。しかし、今日はいつもはしない部屋掃除や朝食作りを、彼の親代わりが起きる前に、行った。いつもの時間通り、寝室から寝ぼけた顔で起きてきたカーラはその光景に目を疑った。机は裏まで掃除され、食卓には、レイと初めて作った朝ごはんがそのまま並んでいた。


「おはよう、カーラ。朝ご飯出来てるから、早く顔を洗ってきて」


「レイ……」


 カーラは再度あたりを見回した。


「これじゃ、どっちが保護者かわからないわね」


 すれ違いざまに、カーラはレイの頭を撫で、


「頑張ってね」


 と、小さく言った。




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 一人で学校に向かうレイに不安の二文字は無かった。既に噂が広まっているのか、レイを見て、小声で話す声が聞こえてきた。レイはそんな彼らを見向きもせずに、肩で風を切りながら校門を通る。教室に入ったレイに全員が一斉に注目したが、レイは怯まずに大きな声で、


「おはよう!」


 と、挨拶をした。返事は返ってこなかったが、自分の席近くに行くと、少女の声が聞こえてきた。


「おはよう」


 その声の先には、黄色い瞳でこちらを見つめるエルナの姿があった。彼女は昨日空席だったレイの隣に座り、肘をつきながらこちらを観察するように眺めていた。


「何してるの!? こんなとこで?」


「それはこっちのセリフよ。何であんたが私のクラスに当たり前のように通ってるの」


「昨日から、転校したんだよ」


「そう……」


 レイはどうして、昨日休んだのか尋ねようとしたが、彼女が目線を逸らし、あまり話したがらない様子だったので、話題を変えた。


「あの服、着てくれてるんだ」


 エルナの全身を見回した後、レイが笑顔で指摘した。


「次の季節じゃ着れないから、仕方なく着てるだけよ」


 筋の通らない言い訳をするエルナを見て、レイは静かに微笑んだ。


「似合ってるよ」


「うるさい」


 そんなやり取りをしていると、昨日レイに直接悪口を言いに来た男子グループが近寄ってきた。


「お前ら知り合いだったのか。やっぱ、外国で出会ったのか?」


 その発言に、エルナは眉を顰める。


「何言ってるの? この子はれっきとしたこの大和民族よ」


「でも、昨日こいつが自分で──」


 エルナは立ち上がり、レイを指さした。


「このとぼけた顔と、骨格を見なさい。あなた達は自分たちの民族を見分けることも出来ないくせに、他民族をバカにするの?」


 言葉に詰まった少年は、矛先をずらそうと口を開く。


「……そうだよな。俺たちはそんな気色の悪い黄色い目を持ち合わせていないもんな」


 エルナにとっては、聞き飽きた発言だったのか、静かに席に座り直した。


「昨日は大忙しだったんじゃないか。あちこちで移民による暴動が起きて。お前もあの中にいたのか? 聞いたぜ、テレビには映ってないが、機動隊員が暴行を加えたりして、何人も亡くなっているって話じゃないか。お前を一人で育ててくれたお父さんもその中にいたりしてな……」


 エルナはそれを聞くと、その少年を強く睨みつけ、口を開こうとしたら、隣で先に大声を発した者がいた。


「いい加減にしろ!」


 教室にいた全員が彼に注目した。


「どうして他人を下に見るの?どうして肩書でしかその人を見ないの?僕はあまり人生経験がないけど、この世には色んな人がいることを知っている。同じ遺伝子を持っている人でさえ、その人特有の感性や、正義がある。それなら、なぜ民族なんていうより曖昧なもので人を判断できるの? それに僕たちは、たかだか10歳。自分の親、或いは自分のクローンの偉業を鼻にかけ、あたかも自分たちが同じくらい偉いと思っている。本当に滑稽だよ。他人の足を引っ張る暇があるなら、自分個人が何をしたいのかを考えてよ!」


 教室が静まり返る。誰も彼に反論しようとする人間はいなかった。


 すると、チャイムが鳴り、それぞれが席に着き始めた。レイも自分の席に座り、ホッと一息をつく。隣では、エルナが俯いたまま、ボソッと小声で呟いた。


「ありがとう……」


「僕はただ自分を貫いただけだよ」


 それを聞いたエルナは小さく笑みを浮かべた。




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 予鈴が鳴り、間もなくして平林教諭が入ってきた。教壇に立ち、前置きも無く、話を始めた。


「えー皆さん、最近デモ関係で物騒なことが増えているので、十分注意してください。それと、昨日転校してきたレイ君が外国から来たなどという噂が立っておりますが──」


「先生!」


 レイが手を挙げて、平林の話を遮る。


「それ、もう大丈夫です」


 横にいたエルナがレイを睨む。


「いや、しかし……」


 と、平林は食い下がった。


「心配ないです」


 笑顔で返すレイに押された平林は、理解はしてないが納得した様子で、


「……ということで以上です」


 と、話を締めくくった。


 そのまま、平林は一限目の算数の授業に入った。予習をしていたため、序盤は余裕でついていけた。中盤になると、徐々に離されていったが、レイは何とか必死に食らいついた。

 ある時、生徒たちは練習問題をいくつか与えられ、それぞれで解くように指示された。平林は教室中を見回りし、苦戦を強いられてる生徒には、解答のヒントを示していた。彼はレイの下へもやってきて、レイの書いていたタブレット内のノートを一瞥するや、何も言わずに教壇へ戻った。そして、解答時間終了の合図をし、スクリーンを指さしながらレイに尋ねた。


「レイ、この問題解けるか?」


「はい!」


 レイは自信満々に席を立った。そして、自分の解答を探そうとページを漁ったが、一向に見つからなかった。


(え……? どこに書いたっけ?)


 焦りでどんどん、視界が狭まっていくレイの肘に、指でつんつんと突かれた感触がした。隣を見ると、エルナがもう一つの指で自分の解答を指さしていた。レイはそれを見て、解法を思い出し、前を向き直して、元気に答えた。


「②の表から2組と3組の合計が56人なので、全体で84人になります」


「正解だ。よくやった」


 ロボットのような平林が少し笑ったような気がした。そして、教室中が昨日とは違う、穏やかな空気で満ちてるのをレイは肌で感じた。


 授業後、レイはエルナにお礼を言った。


「さっきはありがとう、ノートを見せてくれて」


「ちょっとしたお礼よ。気にしないで」


 冷たく答えるエルナであったが、その心の温かさをレイは感じていた。


「あなた、勉強が苦手みたいね」


「うん、とっても」


「分からないとこがあったら、いつでも聞きなさい。良かったわね、クラス一優秀な私が隣の席で」


 そう言いながら、彼女は体操着を持って、教室を出ていった。


「うん、ありがとう」


 聞こえたのか、聞こえてないのか、彼女が遠くで小さく頷いたような気がした。開け放たれた窓からは、次の季節の到来を告げるような、暖かい風が入ってきた。

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