第12話 クローン社会③

 カーラとレイが家に着いたのは、昼下がりだった。カーラが今日の授業の内容をレイに復習してくれた。少し一息ついて、レイがテレビをつけると、昨日始まった暴動の映像が流れていた。機動部隊が、パネルを掲げる人々を押し返したり、催涙弾を投げる様子が確認された。レイが、その映像をボーと眺めていると、インターホンがなった。立ち上がったカーラは来客が来るのを知っていた様子で、ドアホンには目もくれず、扉を開けた。


「来てくれてありがとう」


「いいのいいの。私、子供好きだし」


 そこには、カーラと同年代に見える、ショートの赤みがかった茶髪に、童顔の女性が立っていた。


「その子が例のレイ君ね」


 カーラの後ろにいたレイを見ながら、ギャグのつもりかよく分からない声色で確認を取った。その女性は、そのまま家に入りこんで、玄関前に立っていたレイのもとに屈みこみ、笑顔で挨拶をした。


「あたし、カーラお姉さんの友達のマナって言いまーす。カーラが仕事の時は、あたしがレイ君の面倒を見るから、これからよろしくね」


「うん! よろしく!」


 溌剌と答えるレイを見て、マナは嬉しくなった。


「元気でよろしい」


 そう言いながら、マナはレイの頭を強く撫でた。その様子を見て、カーラは静かに微笑んだ。


 リビングに通されたマナは、頻繁に通っているのだろうか、勝手に食器棚を開け、三人分の飲み物を用意する。


「レイ君は何飲む?」


「オレンジジュース」


「りょーかい」


 マナが飲み物を用意している傍ら、カーラは勉強で散らかっていたリビングの机を片付けていた。


 三人がテーブルにつき、レイがオレンジジュース、残り二人が紅茶に手をつけ始めると、マナが口を開いた。


「しかし、驚いたわ。あんたがこんな面倒ごとを抱え込むなんて」


「ええ、自分でも驚きよ」


 こちらを見つめるレイに気付いたカーラは、


「もう全て話しているから、安心して。この娘、頭のねじは緩いけど、口は堅いから」


 と、言った。マナは表情を変えずに、レイの方へ向いた。


「そうよ安心して。こんな口の悪いおばさんに育てられるんじゃ、気の毒だから、私がきちんとあなたを立派な男にしてみせます」


 レイはどういった顔をすれば分からず、少し困惑した表情を浮かべた。


「ありがとう、そういえば二人はいくつなの?」


 二人が顔を見合わせた後、マナは悪戯な顔で、


「いくつに見えるかゲームやる?」


 と、目の前のカーラに尋ねた。


「嫌よ、それこそババ臭い」


 カーラはレイに向き直った。


「私が22で、この娘が23。高校の同級生よ」


 マナがレイに顔を近づけた。


「レイ君は10歳だったよね。ってことは小学校4年生だね」


「今日、初めて学校に行ってきたの」


 マナは、興味を引かれた様子で、レイに顔を近づけた。


「そうなんだ、どうだった? 楽しかった?」


 突如、二人の手が止まり、雰囲気が変わったことを、マナは感じ取った。恐る恐る事情を尋ねると、カーラが説明を始めた。


 マナは、口を挟まず、静かに話を聞いていたが、話が終わると、一気に感情を吐露した。


「じょんなのあんまりだよ~」


 泣きながら、同情してくれるマナにレイは驚いた。


「この子はただでさえ、不幸なのに、周りも冷たいだなんて! 教師も教師よ。きちんと新入生の面倒は見なくちゃ!」


 自分のためにこんなに怒ってくれる人がいるのを知って、レイは胸が熱くなった。


「少なくても外国人なのは誤解なんだから、先生に事情を説明してもらおうよ」


 マナからの視線を受けた、カーラは、


「一応、電話では伝えたから、明日話してくれると思うわ」


 と、返した。それでもマナのむかっ腹は収まる様子は無く、紅茶をがぶ飲みする。


「どうして外国人は馬鹿にされるの?」


 レイは、テーブルの向かいに座っていたカーラに尋ねた。


「戦争中というのも、あるけど、海外じゃこの国ほど、優性思想が広まってないから、自分達より劣った種族という風に偏見を持つの。平均IQが上がっているなどの話もあるけど、ほとんど変わらないし、単なる国民統合への誇大広告という解釈が一般的よ」


 レイの隣でマナが鼻を鳴らした。


「第一、最近の子供にそんな差別感情が広まってるのが信じられない!外国人だから何、勉強ができないから何って話よ。そもそも本人は何もしてないくせに、何で虎の威を借りて、他人を見下せるのかしら」


 マナの怒りの振動でカップの中で揺れ動く紅茶は、彼女の熱で沸騰しているように見えた。


「けど、本当に偉いわ。レイ君は、それでもめげずに、復習をして、明日も学校にいくんでしょう。あなたみたいな人がこの社会には必要なの」


 レイは、ジュースを飲んで、落ち着き払っていた。


「ありがとう、でもカーラが勇気づけてくれなかったら、僕はそんな気分になれなかったよ。カーラ、ありがとう」


 レイの方を向かずに、紅茶を飲みながら頬を赤らめるカーラを見て、マナは興味がそそられた。


「なになに? あんた何て言ったの?」


「いいでしょ、別に……」


「ちょっとちょっと、ゆくゆくはあんたから親権を奪うつもりなんだから、教えなさいよ」


「尚更ダメよ」


「えーそこを何とか──」


「ダメ」


 そこからも雑談がしばらく続き、途中から皆でレイの復習を手伝った。そこか後は、皆でゲームをしたり、夕食を作ったりと、楽しい午後を過ごした。8時近くになると、マナが帰りの支度を始めた。


 レイがその時ちょうど、トイレに行ったので、マナはカーラに近づき、レイに聞こえないように小声で話しかけた。


「ねぇ、レイ君に10年前のことは話した?」


 カーラは歯切れが悪そうに答えた。


「まだよ……いつかはする」


「あんたが、あの子を匿っているのって──」


 カーラは少し俯いた。


「否定はしないわ……」


 スライド式のトイレのドアが音を立てて開いたので、二人は一瞬体がビクンとなった。彼女らは、会話を終わらせ、玄関の方へ向かった。


「じゃあ、今日はありがとう。レイ君の事が知れて良かったよ」


「僕もマナの事が知れてよかったよ。これからよろしくね、マナ」


 その無垢な笑顔にマナは心を打たれた。


「じゃあね、カーラ」


「うん、ありがとう、マナ」


 扉を離れ、しばらく先の廊下から、マナが手を振る。


「レイ君、また来るからね~」


 廊下中に響き渡る大声で、別れをするマナを、二人は笑顔で見つめ、静かに扉を閉じた。


「何だか、一緒にいるだけで、元気になれる人だね」


「ええ、そうね」


「あの人みたいに、誰かを元気づけられる人になりたい」


「なれるわ、あなたはまだ空っぽのビン。どんなものでも、自分がいいと思ったら詰め込んでいきなさい」


 二人はその後、明日の予習をした後に、静かに床についた。





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