安牌
ゴローさん
安牌
――ドンドンドン
ブラスバンドの音が球場内に響き渡る。
「痺れるな」
マウンド上――目の前に立つ相棒はつぶやいた。
俺もそんなこと言っている場合ではないことを自覚しつつ頷く。
夏の地方大会決勝。
5−4。俺等の学校が一転をリードしている。
スコアボードには赤いランプが2つ点いている。ツーアウトだ。
球場の3つの白いベースの上には相手選手がそれぞれ立っている。満塁だ。
抑えたら俺等の勝ち。
打たれたりエラーをしたら俺等の負け。
しかも夢にまで見た甲子園への切符がかかっているときた。
緊張こそすれ、痺れないわけがない。
見ている人は見ていられないと思っているかもしれないが、俺等はそんな事は言っていられないので、むしろ開き直っているのだ。
そう思っていると、他の内野手が集まってきた。
「お、お、落ち着けよ。」
キャプテンが噛みながら俺等バッテリーに話しかけてくる。
それを他の内野手は生暖かい目で見ている。
キャプテンはこの中で一番ナーバスだ。
この状況を開き直るほどの余裕はないのかもしれない。
「んで、次のバッターどうしよか?」
いつもはちゃらちゃらしているセカンドが真面目な顔をして聞いてくる。
キャプテンがまともときはふざけるが、キャプテンがショートしている今、こうした切り替えをしてくれるのはありがたい。
その言葉にキャッチャーである俺が反応した。
「案が2つあるんだ。一つは安牌に低めを攻めるか。もう一つは裏をかくって言う意味で低めに目をつけさせて最後は高め勝負か。」
「高め勝負って、一つ間違えたら、長蛇打たれて終わりだよ?本気で言ってる?」
キャプテンがオドオドしながら言ってくる。
「まあ、そうだよな。危ないったらこの上ないし、とりあえず一番安牌な低め勝負に」
「高め勝負でいこう。」
俺の言葉を遮って、ピッチャーが自信満々に言った。
「な、何考えてんだ!ここでちょっとでも甘く入ったら負けるんだぞ!だからとりあえずは低めで」
「とりあえず、って何?ここで打たれたら負けるのはそうだけど、このバッターで終わりにするって考えたほうがいいだろ。じゃあ、出し惜しみせず全力フルリ絞って、高めの真っ直ぐ勝負でいいじゃん。」
「でも」
「それとも何?俺のストレートを信用してないの?」
「いや、そんなことはない!お前のストレートは滅多に打たれるもんじゃないって思ってる。」
「じゃ、決まりだね。」
ピッチャーがしたり顔で、だけどその中に決意のこもったものをうかがえる顔でそういった。
「俺が、最後お前らを甲子園に連れて行ってやる。」
ピッチャー。
グラウンドで最もわがままな生物だと言われている。
でも、これくらいわがままな方が、いいピッチャーになるのかもしれない。
安牌 ゴローさん @unberagorou
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