2話:未知の教典【先見の書】

 目の前の筒状のガラスの中で赤い液体に沈められている少女と、白い鉄の様ななにかと黒いガラスで出来た謎の板。

 どちらから先に触れば良いのか一瞬迷ったが、すぐに板を選んだ。この少女が何にせよ、自身にとって目に見えて分かる『未知数』だと判断したからである。


 黒いガラスに手を近づけると、影のようだったガラスがまばゆく光る。そこには【先見の書】と映し出されていた。


 そして、画面が変わり指になにか渦巻き模様の様なものが書かれている絵が表示されたのと同時に声が聞こえる。


『画面に触れて下さい。』


「喋った……!?」


 その後も繰り返し板が喋る。


『画面に触れて下さい。』


「この施設は何ですか?」


『画面に触れて下さい。』


「この少女は何者なんですか?」


『画面に触れて下さい。』


 言われた通りにしなければなんの反応もしないのか…?それともこの板は音が出るだけで意思は無いとか?


 とりあえず板に触れてみる。ひんやりと冷たく、これは生きていないと分かった。


『認証開始───認証完了、データとの一致率99.8パーセント。観察対象補助用デバイス【先見の書】起動します、ようこそ【レスト・クリティクレ】様。』


「なぜ僕の名前を……?」


 この【先見の書】なる板が発する言葉の意味がほとんど分からない、『疑問』頭の中はそれだけに埋め尽くされた。


『チュートリアルを開始します。』


「ちゅーとりある??」


『動画ファイルNo.0001再生します。』


 【先見の書】がそう言うと板に知らない女性の上半身から上が映し出される。その姿は余り見たことの無いもので、すす汚れた白衣に眼鏡をかけた隈の酷い女だった。


「久しぶり!……じゃ無かった、初めまして!レスト君。」


 光のない目でニコニコと笑いながらこちらへと話しかけてくる。


「えっと……何から話せば良いかなぁ?あ、そうそう私の名前を教えるのが最初だね。多分うすうす分かってると思うけど私が【先見の魔女】。全然魔女みたいな見た目してないのにね~、どちらかというとマッドサイエンティストだよね。」


 感づいてる訳無いだろ、自分の知らない事がこの短時間で多く起こって何が何だか訳が分からないのに。先見の魔女?僕の想像していた魔女じゃ無くて混乱してるのに、急に僕の今まで僕が本を借りていたその人が僕の事を知っているし、何がどうなってるんだ?


「じゃあ次は【先見の書】の説明だね。この板は君を主人公へと育てる為に私が作り上げた百科事典みたいなものだよ。試しに、これを見て。」


 画面を見ていると、馬のついていない鉄の馬車の様な物が映る。


「これは、“車”って言うんだよ~。初めて見るでしょ?それもそのはず!この【先見の書】に載っている事柄のほとんどはこことは別の世界の知識だからね。」


 別の世界?ここにきてようやく思考が「これは夢なんじゃないか」という所まで到達する。これまでほぼ思考停止状態だったのだから大きな一歩だ。


「で、これから君には授業を受けてもらいます。15歳までの4年間、それはもうびっちりと仕込みます。」


 とにかくこれからはこの【先見の書】が学校の先生の代わりをしてくれるということだろうか。夢じゃないかなどの思考や文句を言うことを諦めてこの自称【先見の魔女】の言うことに従うことにした。


「君が4年間の授業の一番最後に目の前のこの子について教えてあげるので頑張ってね!」


 結局この少女の正体を知ることは出来なかったが、これから僕がやることは決まった。

 ちょうど読む本が無くなって暇になると思っていたけど、これからは今までよりも退屈しない日々になるんじゃないだろうか。


 そう考えると少し心が躍る。


「あ、ちなみにここの存在は君以外感知できない様になってるから安心してね。それじゃあばいば~い!」


 画面の中の女が消え、四角や丸、言葉が沢山並んだ画面に切り替わる。


「ははは、とりあえずこれから頑張るか。」


 そうやって、僕の知らない知識に溢れた日々が始まった。

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アイの聖戦 リンノ マワル @ta-n

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