♪☆みかるんチャンネル☆♪

仁嶋サワコ

本編

 春は出会いの季節と誰が言ったのだろう。

 桜の季節に出会ってから一ヶ月。

 ゴミ箱にあるちり紙のようにねばついて薄汚れた世界が、瞬間、薄桃色に変わっていった。


 あの時からほんのりと輝く世界で、左手首が光る。


 スマートウォッチに待ち兼ねていた通知が来たようだ。胸の高鳴りに連動して細かく震える両手を必死で動かし、タブレットとスマートフォンのアプリを開く。

 心臓が熱すぎる。その衝動が吹きこぼれてしまいそうだ。その飛沫があの子のところまで辿り着けばいいのに。


 いや、そんなことを願うのは愚かなことだ。願い事は自分で叶えた方がいい。


 右手を何回か動かすと、もうすぐ季節の終わる苺のように、無邪気で甘酸っぱく甲高い声が耳に飛び込んでくる。同時に、今、ただひたすらこちらを捕らえて話してくれない、罪深くもひたすら可愛いあの子の姿が映し出された。


 さあ、集中しよう。

二日おきに始まるお楽しみの始まりだ。


◇◇◇


 やっほー

 みかるんだよー。

 今日の配信始めるよー。

 いえーい。

 みんな見てくれてありがとー!

 みんなみかみかにしちゃうぞ!


 みんな、授業も仕事もお疲れ様!

 あれだよー。みかるん、そろそろ授業になれてきたよ。

 これで立派な女子大生!

 まっ、みかるん学校では陰キャだけどっ!


 わー、さっそくマルマジロンさん、投げ銭ありがとう!

 みかるんはここで輝いているから大丈夫って?

 えー、ありがとう!

 みかるん、マルマジロンさんの中で輝き続けられる存在になるね!


 って、マルマジロンさん秒速の追加ありがとう!

 みかるんすっごい感謝!


 え? マルマジロンさん、今日の授業は何だったのって?

 今日は、チャイ語と教養の自然科学! あとはバイト!

 火曜日は教養のキャンパスにいるんだ!

 キャンパス二つあるから、バイトは中間地点でどっちでも中途半端なんだよね。

 チャイ語はね、みかるん何かよく分かんないんだよね! え? ウーアイニー?

 いえーい、サンキュー! え-、中国語で言えって?

 えーと、謝謝! 愛してるよー!


 教養はね、何かサルがどうのとか言ってたよ。

 ねえねえ、アイアイ知ってる?

 ほら、「アーイアイ! アーイアイ」ってやつ。あの歌大嘘つきなんだってさ!

 目は丸くないし、尻尾も短いし、何か悪魔の生き物なんだってさ?

 え? 知ってる? 本当? 有名?

 あ、おでんでんさんも投げ銭ありがとー。

 え? その話講義で聞いたことあるの?

 じゃあ、おでんでんさんってもしかして同じ大学? やっばーい。

 みかるん大学だと、こことは全然違う陰キャだからさ。見かけられたらホント恥ずかしいなー。


 マルマジロンさんたらまた秒速追加投げ銭ありがと!

 バイトはどうだったのかって。うーん、実はね、今日は何か変なお客さんいたよ。何かじっと見ててさ。

 みかるんは駅前にあるザ女子向けのセレクトショップでバイトしてるから、あ、コスメとか、アクセとか売ってる店ね。お客も基本女子!

 だから、あんまそういう人いないんだよね。

 ほんとーにやだったな。

 えー、ぺん吉さんかっこいいな! あのね、みんな聞いてよ! みかるんを怖がらせるようなやつはぺん吉がどうにかしてやるって!

 みんなみんな、ぺん吉さんに8888888!


 それにしてもね、みかるん実はめちゃくちゃおなか減ったんだー。

 もう深夜だけどさー。何か食べたい食べたい!

 だってみかるんさ、バイト終わって家帰ってお風呂入って化粧したら即! 配信だよ。休み無いよ! ブラックみかるんだよ!


 えー、風呂上がりのすっぴん姿見せてくれって?


 そしたら化粧の時間浮いてごはん食べられるって、えー、それ、あれだよ。生誕祭でやるよ。来月だからさ。

 みんな引くよ? みかるんのすっぴんヤバいよ。


 えー、すっぴん姿くらいでみかるんへの愛は変わるわけがないって?

 おでんでんさんそう言うけどさー。

 みかるんのすっぴん姿はいつでも頭に浮かんでくるって、おいおいそれ、リアルみかるんじゃなくて、みかるんファンタジーじゃないか!


 えー、生誕祭で何歳になるかって? 二十歳になるんだよ! 十代のみかるん今月までだよー。貴重だよ!

 そんなことより、風呂上がりシャンプーの香り嗅ぎたいって? コラコラー、へんたいへんたい!

 みかるんはね、ほら、欲しいものリストに入れてるジュテームってシャンプーのスプリングフルーツの香りだからさ、それドラッグストアの匂い確かめるやつで嗅いでみたら?

 ひどいー? 酷くないよー! だってさ、画面越しじゃ匂いなんて分からないでしょ? 4D配信みかるんじゃないしさ。


 でも送ってほしいって?

 うーん、やってみる?

 ほーら、風ふかせてみるよー。みんな嗅いでみたまえー。バイト先で買ったエアジュテームだよー。


 いける? ファンタジー感じられる? みかるんはね、めちゃくちゃ疲れるよ!


 ほーらほらー。


 ……。


 あー、もう! 腕動かすと本当に疲れる! みかるんおなか減った!


 あ、おでんでんさん追加ありがとー!

 え? おなか減ってるならデリバリー頼んだらって?

 みんなでメニュー選ぼうよ?

 うーん、デリバリーって高くない? みかるん、結構今月ピンチなんだよねー。


 え? QRコード読み込めば払ってくれるの?

 うっそー、本当? そんなことできるんだ。マルマジロンさん頭いい!

 じゃあ、今日ポストに入っていたチラシ取ってきちゃおうかなー。


 ジャジャーン!


 これ! そう! お寿司! 深夜デリバリーも可!

 みんな知ってると思うけどさ、みかるんサーモンとイクラが凄く好きなの!

 しかも、今日はサーモンいくらづくしにぎりセットが半額なんだって! やばくない?

 もー、これ、一択でしょ!


 え? みんなで選びたい? ごめん、ペヤペヤさんの頼みでもそれはムリだよ。サーモンといくらが罪!

 ペヤペヤさん投げ銭ありがとね!


 じゃあ、はーい。注文しまーす。

 じゃあ、QRコード見せるね。

 おっ、決済完了通知きた。

 本当に凄いねー。

 本当にありがとー!


 えーとじゃあ、お寿司くるまで雑談たーいむ!


◇◇◇


【注文が入りました】


 スマートウォッチに通知が来た。

 タブレットには文字が浮かぶ。彼女から自分へのメッセージだというだけで、その八文字は甘くとろける蜂蜜のように金色に輝き、切り替えることができた。

 くると思った、サーモンいくらづくしにぎりセット。

 彼女は二回に一回はサーモンといくらの愛を語る。

 その身体に取り込まれるピンクと赤に自分が成り代わりたい。彼女と一つになってしまいたいと常々思っていた。

 その願いを叶えることができるのが、今日だ。

 準備はすっかりできている。

 彼女が愛しているピンクと赤のその色を、彼女を始めてみた時の衝動を思い出しながら、より光らせてみた。

 立ち上がり、机においてあるタブレットとスマートフォンを見下ろした。

 画面越しでも彼女の笑顔がキラキラと眩しい。それを塗りつぶすかのごとく、邪魔な文字と記号が流れてゆく。

 彼女に伝えたい言葉がある。

 機器を持ち、それぞれ一回ずつ操作を行った。


◇◇◇


 あ、マルマジロンさんありがとー。

 えー、「生まれてきてくれてありがとう」って、どういたしまして! 

 マルマジロンさんも、生まれてきてくれてありがとーだよ!

 ほんと、大好き!

 おでんでんさんもありがとうねー!

 みかるんの配信見てくれる人って本当に最高!

 愛してる!


◇◇◇


 ピンポーン。

 見慣れた扉のチャイムを押す。


◇◇◇


 お、お寿司きたかなー?

 早いね。

 受け取りに行ってくるよー。


◇◇◇


 チェーンがかかったままの扉が開くと、画面越しに見慣れた彼女がそこにいた。

 見慣れたというのは嘘だ。彼女はいつ見ても慣れなくて飽きない。

 彼女の願いを叶えるための騎士として、極めて落ち着いた声で彼女に要件を伝えることにする。

「ご注文有り難うございます。深夜お寿司便です。濱中さんのお宅で良いでしょうか?」

「そうです。ありがとうございます」

 こちらの顔を見ずに、妖精のような小さい声で受け取る幻想的で可憐な彼女。

「お代は済んでおりますので、そのままお渡しします。これ、クーポンですので次回お使いください」

「はい」

 細い隙間から差し出される華奢な手に、ビニール袋を渡す。

 そして扉は閉じる。

 ふわりと旬の香りが鼻に届いた。

 途端、杏とさくらんぼに齧り付きたい衝動に駆られた。

 


◇◇◇


 戻ってきたよー。

 おすしー。来た来たー!

 楽しみー。

 いっただきまーす!


◇◇◇


 イヤホンで甘露のような彼女の声を聞く。

 語学は少人数のため紛れ込むことはできなかった。

 大教室で行われる教養の授業中、映像を映すために薄暗くなった教室で、彼女は斜め後ろにいる自分の存在など認識することもなく、一人で黙々と講義を受けていた。

 セレクトショップは失敗だった。彼女につけてあげたいアクセサリーが数多く売ってはいたが、あんな世界に自分のような者は行くことはできない。

先ほどは邪魔なやつが彼女に褒められてまでいた。自分が毎日フォローできるような、コンビニにでもバイトをかえてくれないだろうか。


 それでも、デリバリーは成功だ。

 受け取る彼女の小さな息遣いに胸の動き、芳しい生の匂いを感じることができる。

 今の季節の新緑のような瑞々しい香りと共に、むさぼりつきたくなるような魅力的な果実が彼女だ。

 鮮やかなピンクと赤に自分の生を混ぜ込んで、彼女の命を繋げてみる。


◇◇◇


 おいしーい!

 やっぱりサーモンといくらは神だよねー。


◇◇◇


 ご注文ありがとうございました。

 このまま永遠に彼女の期待に応えたい。

 スマートフォンで彼女に問いかける。


◇◇◇


 おでんでんさん、追加の投げ銭ありがとう!

 明日はね、うーん、和食の次は……ラーメンかな!





あとがき

https://kakuyomu.jp/users/nitosawa/news/16818093074365831807

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