動物文字統一

柑橘

動物文字統一

 動物を大切にしよう! ということになった。

 いやまぁそりゃ大切にすべきなのだが、大切にしようつったってどうしようもなくないですかというツッコミが入った。実際こういう感じのキャンペーンは過去何度も行われてきたのだが別に大した効果はなく、経験則的に今回も無駄っぽいなという空気が漂っている。そもそも既にまともなキャンペーンからあやしい感じのキャンペーンまでおおよそ考えられる全ての方策が総当たり的に取られており、総当たりでダメだったので、まぁ、その、今回もだめっぽかった。

 だめっぽかったので皆で寝転がってお菓子を食べたりおもしろいドラマを見ながら適当に案を出すことにした。出さないと怒られるのである。

 で、「動物を大切にするために、身の回りの漢字をどんどん動物に置き換えよう!」という気の狂った案が通った。そもそも案を出したのが1人だけで、多数決も何も案を出した1人を含めた全員がドラマ鑑賞に夢中になっていたので、通った。

 まず「失」が「牛」になった。つまり「失う」が「牛う」になった。いや牛の読みは「うし」で「うしな」じゃないんだからダメじゃん、という正気のツッコミは誰も入れなかった(そのドラマは2ndシーズンもほんとうに面白かったし主演の俳優さんがとても格好良かった)ので、そうなった。「牛敗」「遺牛物」「過牛責任」とかいう間抜けすぎる文字列が氾濫したが、案外漢字が似ていたおかげか、ほとんど文句が出なかった。

 次に「猿」が「円」と「縁」と「延」になった。全部読みが同じだからいっぱい文字当てちゃった方が楽しいじゃんねという担当者の投げやりな意見によってそう決まった。それを言うなら「宴」とか「塩」とか「演」とかも置換されないと理屈に合わないが、適当な作業には定義からして理屈が通っていない。3.14から始まる無理数は「猿周率」になり、島根の方にある空港は「島根猿結び空港」という怪しげな因習を匂わせる名前になって、醍醐天皇の治世は「猿喜の治」になって、もう完全に悪口にしか見えない。しかし可愛い猿のモチーフをあしらった「猿長コード」が一世を風靡して、これまた文句はそんなに出なかった。

 調子に乗った担当部署の人々は、次に「鳥」を「取」と「町」に置き換えた。要するに「取り」を「とり」にして、「町」を「ちょう」にしたわけだが、暴挙である。なにせ「取」も「町」も広く用いられている文字である。ひどいことになるのは目に見えていたはずだし、実際目に見えていたのだが、みんな作品鑑賞に夢中だった(さっきまで見ていたドラマの主演俳優は以前子供向け特撮ヒーロードラマの主演もやっていたらしい、ということでひと昔前の特撮作品を見始めたのだがこれが子供向けとは思えないほど存外面白かった)ので、まぁえっか、ということになった。結果「東京証券鳥引所」とか「売買鳥引」とか「鳥次」とか「鳥りあえず」とか「鳥り立てて」とか変すぎる文字列が氾濫し、地域の区画は「鳥」になって「鳥内会」という鳥を室内飼いしていそうなグループが突如発生し、その地域の行政上の最高責任者は「鳥長」になるし、行政文書にも「鳥」が出てくる割合が爆増して、もう本当に大変なことになった。なったのだが、「最近身の回りで鳥見かけること増えたよね~」「今度の週末はバードウォッチングに行こうよ」「あっ賛成~」という風潮になり、自然志向が一世を風靡した。結果としてメリットがデメリットを上回り、当初の目的にも適っていてよろしいと上の人もおっしゃり、まぁまぁ文句は出たけど良かろうということになった。

 件の特撮ヒーロードラマが面白すぎて、しかも同じ俳優が主演をやっている大河ドラマもあるらしいということになって要履修作品が爆増し調子に乗りまくる暇も無くなっていた担当部署の人々は、適当に「鹿」を「科」と「化」と「火」に置き換えた。かくしてscienceもケミカルな方のscienceも「鹿学」になって鹿単推しの雰囲気を強鹿に醸し出す学問になり、彼氏に幻滅すると「蛙鹿」というあんまりかわいくなさそうな謎の動物が発生し、そもそも学ぶものが全部「教鹿」になって鹿が必修鹿目のような風格を漂わせはじめた。赤い感じの魔法は全部「鹿属性魔法」になって一気に田舎っぽくなってしまい、「鹿災報知器」はこれまた田舎っぽい名前になってしまった。

 そんな感じで漢字は次から次に置換されていったのだが、漢字の統合が意味するのは特定の字の超多義語鹿である。当然一字の意味や用法を覚えるのに莫大なリソースが要求され、そして、子供がそんな妙ちきりんな語学を習得するのもこれまた当然不可能だった。

 識字率が下がり、文明のレベルが下がった。インフラが壊れても修繕できなくなり、便利だったはずの機器はようわからんオーパーツになり、積み上げた全部がぼろぼろと崩れ落ちていった。そうして文明は完全に崩壊し、人間は大幅に数を減らして廃屋とか廃ビルとかを住居に細々と暮らすことになり、かつての大都市はみな緑で覆われ、動物の数は大幅に回復した。

 というわけで動物を大切にしよう! という当初の目的は達成せしめられたわけだが、これで良かったのかと問われると流石に首を傾げざるを得ず、まぁ何事においてもやりすぎるか全くやらないかしか出来ないようになっているのかもなと思った。

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