Dark Past

Slick

第1話

 どうやらカクヨムで黒歴史コンテストやってるっぽいな、とふと目にした折のこと。八百字以上六千字以内というストライクゾーン広めの規定に従い黒歴史を書き散らそうと小生は筆でなくiPadを取ったが、目の前にプリプリの黒歴史がぶら下がっている我が身としては武者震いすら感じている次第である。


 小生、この春から高校三年生である。


 文芸がほんっまに大好きな書き専野郎で、高校の文芸部副部長を務めさせて頂いている。世の文芸好き男子高校生はほぼ遍くラノベオタクと信じているが(本当か?)、それは二次元の女子に惑わされているだけだと常々思う所見だ。平面と立体の違いだ、聞こえてるかカクヨムに満ちる背教者ども。さても私はスター・ウォーズ好きなので二次元の彩りに心奪われる同胞とは微妙なベクトルの違い故に孤独さえ感じる今日此の頃。少数派中の少数派、言わばオタクのマトリオシカ的ヒエラルキーの底辺を這っている一等兵と考えていただければ宜しい。こんな尊大な文体で自己を偽る雛鳥である。成長しても大した鳥にはならんだろうが。


 話を元に戻そう。私はそれはもう文芸が好きすぎて、長ったらしい割に高瀬川のように底の浅い作品ばかり書き殴り、挙句の果てには昨年の冬に学園祭で自分のアンソロジー部誌(全六十二ページ)を出したほどである。なお他の部員たちは素で引いていた。でもわーい、見方を変えればタダで自費出版。


 これは、その時の話である。アンソロジーの一つや二つくらい、誰しも長い人生を生きてたら一回は出すと思う(本当か?)。しかし私の場合、加えてとびきりの黒歴史を引っ提げて此処に見参できたことを嬉しく思う。


 否、嬉しいと思わねばやってけないのである。


 数多の作品に目を通さねばならぬ審査員の方々の目に留まって頂けることをせちに願うばかりである。


□ □ □ □


 さても何から話すべきであろうか。


 当時、私は人生でも珍しく多忙であった。言い換えれば平素から絶賛暇人なのである。とはいえ体育祭の応援団活動、定期の校外の文芸ゼミナール、学年十一位の成績(すごいっしょ?)の維持に加え、働かぬ文藝部長に代わり実質部長として駄作を精力的に執筆する重責……。いや、最後のは被害妄想であった。また成績の維持は長期的な目で見ると失敗した。我ながら不甲斐ない。


 そんな中、私は不覚にも、あの、えっとね、恋しちゃったの。テヘ。


 さて。その御方は私と同じ文芸ゼミに通っている、他校の生徒の方であった。私がいかに彼女のことを昼夜の見境なく想い、紳士的に純粋と思い込んだ恋心に胸を煩わせ、何だか得体のしれぬ動悸に歯を食いしばったとか、そんなことは地獄の底までどうでも宜しい。肝心なのは、私の懸想が飽くまで叶わぬものと思われたこと、そして愚かしいまでに私が静かに狂っていたというドン引き確定のシチュエーション、この二点を押さえていただくことである。何だかiPadのキーをポチポチ打っている現在、指がむず痒くなってきた。


 まぁ要は、ありふれた恋心だったのである。


 問題は、私がありふれた生徒で無かったことだ。


□ □ □ □


 問題:この恋の行く先は?

 答え:告白イベント。


 パチパチパチ〜。

 ンな訳でやってまいりました、告白イベントでございますなのである。


 ここで正直に申し上げるが、私はあの御方と会話したことが、実は殆どなかったのである。はれー、要は一目惚れという奴である。そして狂人の一目惚れほどブレーキの効かないものはこの世に無い、多分。


 さてもいかにして恋心を伝えるべきか? 私はめちゃんこに悩んだ。恋の余熱でオーバーヒートした頭を絞り、この道ならぬ恋心をいかに決着付けるかに関して昼夜謀略を巡らせた。恋愛相談できるような友人・知人の類いはいなかった、だって男子校だもん。浮いた話なんか一個もないんだもん。


 そして遂に、私は考えうる限り最も紳士的な告白方法を思いついた。


 当時は考えが及んでいなかったのである。狂人の独善的な『マトモ』は常人の『キチガイ』とほぼ同義であることに。


 そう、私は己のアンソロ部誌のラストに告白文を掲載することを思い立った。


□ □ □ □


 私は、外面的には顧問から最も信頼の厚い生徒であった(これは主に地頭全振りの成績による)。故に栄えある部誌の編集長の地位に就いていたのである。何より顧問は当時、高三の担任をしており、文芸部まで目を光らせている余裕が無かった。

 あぉ、勝利確定! そう考えた私は底なしの阿呆だった。


 端的に言えば、私は今まで積み上げてきた地位と信頼を総動員して、遠大なる陰謀の下に部誌の私物化を図ったのである。直接告白する勇気のない男、これを俗に鶏と呼ぶらしい。まさしく鶏の如く、私は心中で中身の無い雄叫びを上げていたのである。


 私はサラサラと、歯の浮力が大変な告白文を書き上げた。GIGAスクール構想で配布されたばかりのChromebookを悪用し、果てはクラスマッチ中にさも真面目そうな顔をして執筆を行ったのである。Word換算で六ページを数えた大作の完成。重ねてそれを十回構成したが、むしろ気味の悪い語彙だけが研ぎ澄まされていくようであった。


 私は彼女の濃色の瞳に狂っていた。


 密やかな震えを孕み抑制の効く、高低の織り混ざったあの声に酔っていた。


 身体が何だか訳の分からない闘争を求めていた。


 私にとって『公開告白』なる概念は、ベテルギウス星の爆発のように近くもどこかひどく遠くに感じられたのだった。

 


 他所の学校の文芸部はどうか知らないが、我が校の文芸部誌は、印刷前に部員相互で検閲を掛けることとなっている。以前、性描写の激しい作品が巷で問題になったことがあるらしい。私も拝読したが、えっちぃトコを除けばキャラの繰り方は素晴らしく、傑作と言っても差し支えなく思われた。世の小説にも一部同様の歪んだバイアスが働いているのではあるまいか? スティーブン・キングの性描写を見よ、自称紳士どもめ。


 そんな、まるで他人事みたいに考えながら私は告白文を書き上げたのである。


 閑話休題。


 さてもこの検閲制度を如何にして通過しようか。むろん密かに編集長権限を行使するのもやぶさかでなかったが、それは私の美学と信念に反する。そこで私は誠実なる中学部長を抱き込み、ほぼノリと勢い任せで彼に検閲を通過させた。実は彼、私と同じくカクヨムユーザーである。その節はごめんねlien、君は何も悪くない。ただ私の愚にも付かぬ陰謀に利用されただけなのだ。


 よし、lienへの謝罪と、ついで広告も打ったから貸しはチャラな?


 私の暴走は留まることを知らず、自分で大して上手くもない表紙まで書き上げた。私の画力にしては頑張った方だが、彼女は漫画を書いていたらしく、いま思えば大した恥さらしである……。


 その後は阿鼻叫喚な編集作業を終え(我が分冊のせいで総計三分冊を数える羽目に。自業自得だが編集は辛かった)、淡々と部誌綴じをこなす。そして私はそれを文芸ゼミナールへと持参したのである。


 事前に予告していたので、ゼミ生たちは快く我が部誌を受け取ってくれた。むろん、一冊を除いて事前に告白ページは抜き取っている。私は己の用意周到さ(?)に酔っていた。狙い澄ました一投である。目次の表記は……誤魔化せなかったが、まぁ良いや、と。


 しかして私は何食わぬ顔で破壊力抜群の爆弾を懸想する彼女に手渡し、ホクホク顔で帰ったのだった。我ながら気味が悪かっただろう。告白の最後にメアドは書いておいたから、あとは彼女の返事を待つだけであった。


 我が闘争は、ここにて終幕を迎える。


 そして――現実の振り戻しがやってきた。


 いくら何でも、学園祭で販売する部誌から告白を抜き取るのは不可能だったのである。


□ □ □ □


 一つ自慢させていただくと、我が文芸部誌は文化祭で最も人気を博する部誌である。隣のテントに陣取った数学研究会や地歴部、生物部が四苦八苦する中、我が文芸部誌(文字通り『我が』部誌)はイカロスの羽が生えたかの如く飛ぶように売れ、一時間足らずで百二十冊が完売! まぁその一因として、私がマンダロリアンのコスプレをして促販した効果もあったのだろう。何にせよ、あとで他の部活をさんざん冷やかしに行ってはドヤったのが、もう遠い昔に思われる。


 それはつまり、我が告白がコロナウイルスの飛沫もかくやと言うほどの勢いで拡散されていったことを意味していた。さらばー。



 週明けに登校すると、何だかクラスの視線が生温かい。


 次いで一拍置いたのち、多くの友人、知人からありがたい御言葉の嵐を頂いた。

 以下、その一部を書き出してみる。


「え? え? 告白したんだって!?」

「青春だな〜」

「…………………………………………………応援してるヨ?」

「何か僕が検閲したときは無かった作品があるんですけど、先輩?」

「えー届くのかな?」

「〜〜〜〜〜っ」


 意外にも皆様、応援してくれている様であった。


 もちろんそれは、我が校が男子校であったことが大きいのかもしれない。もし共学だったりした日には女性陣から容赦なき罵詈雑言の嵐を浴びせられ、自分でも何だかよく分からないマゾヒスト的な悦びを見出した末に堕ちるところまで堕ちていたに違いないだろう。とはいえ小生、この時点でもうこれ以上堕ちようが無かったが。


 だがその(生)温かな雰囲気も、私の羞恥心を抉るには十分だった。


 ぐぁあ!? ふぎぃ!?


 吐血したいと思ったのは、後にも先にもこの一度きりである。


 緊張の糸が切れた瞬間の揺り返しが、完膚なまでに私の繊細な心を叩き潰した。


 この辺の我が醜態は、自分でも文字に起こすに耐えない。ただ、それがさらに私の羞恥を加速させて行ったということだけは記しておく。


□ □ □ □


 なのに来ない!? ひ と つ き 、 ま っ て も 、へ ん じ が こ な い よ ! ?


 後から考えれば当然である。しかしながら、これほどまで恥を忍んで書いた我が恋文だのに、果たして読まれているのであろうか? さしもの私も不安になってきた。

 

 とりあえず私としても、部誌のラストにメアドと共に手書きのメッセージ(空白ページおよそ一面をびっしり埋め尽くした)を添えていたという力の入れようである。努力することは素晴らしいが、力の入れ方を誤つと大変なことになる。


 重い。とにかく重い。羞恥心が重力崩壊を起こすほど、私の想いは重いのである。気付くの遅いぞ、という話である。


 そしてある日、遂に我がgメールに一通のメッセージが届いた。


 それを見て私はまず精神統一をし、紳士的に心の荒波を鎮めようと努めた。深呼吸し、女子らしき見慣れぬ送り主のハンドルネームを眺めた。

 どんなものでも、来るだけ来いと胸を張った。


 クリック。


 そして表示されたメッセージを、見た。


□ □ □ □


 まじかよ。

 私は素で呆然と呟いた。


 私は唯一の告白入り部誌を、間違った人に渡したらしかった。


■ ■ ■ ■


 脳内に無音の絶叫が響いた。

 愚かしい計画の全てが、音を立てて崩落していった。


■ ■ ■ ■


 それからのアレヤコレヤは、もはや詳らかに此処に書くまい。いくら黒歴史放出祭といえども、小生の心のほうが保たない。


 ただ一つ言えることは、私は今日まで想いを寄せているあの方とデエトをしたことはないし、手を繋いだこともないし、また会話さえ交わすことさえもなかったということだ。


■ ■ ■ ■


 思うに恋は盲目である。されど私ほど派手に大コケした者は人類史にも稀有と思う次第である。


 もしこれが、一対一の正面切っての玉砕ならば、少なくとも青春の甘酸っぱい思い出とやらにはなっただろう。ビンタを喰らうなんて青春イベントを回収できたかもしれぬ。されども私の恋心は、壮大に迂遠な計画を経て、しかも彼女の全く預かり知らぬ地点で崩れ去ったのである。


 この無念の晴らし様を、私は未だに知らない。


 願わくば、この黒歴史の叫びがコンテストに入選し、せめて日の出を見ることを妄想することこそ、いまの私に許される唯一の安らぎである。


 っていうか? ぶっちゃけここまで長々と書いたんやから、きっと審査員の方々も私を憐れんでくれるに違いないよ。コレはもう当然の摂理だろ。


 ……私がいまの言葉で意図したことを、お解りだろうか。


 私はいま、次なる黒歴史の伏線を張ったのである。


 もし光栄にも賞にお選び頂ければ、我が身に余る光栄である。


 しかし無念にも落選した場合、今のキザなセリフは全て新たなる黒歴史となって読者と審査員の方々の心に残り続ける。黒歴史コンテストに落選したとしても、自動的にさらなる黒歴史を作れるというこの巧妙さ。黒歴史の不採用が黒歴史をマトリョーシカのように増殖させてゆく、この無限級数の如き智謀には我ながら感服……と言ってさらにキザの黒歴史の上塗り準備をする小生であった。


□ □ □ □


 思うに、人の黒歴史を読んで笑える者は幸せである。


 彼らは未だ、自分の読書記憶を汚すだけの心の容量があるのだから。

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