海外出張の時の謎

 私の彼はスーパーダーリン、すなわちスパダリと言うらしい。

 高校卒業ののち、アメリカの大学に留学、そのまま院に進んで学位取得ののち現地で就職するも、日本からお呼びがかかってヘッド・ハンティング。帰国してからは各部署に頼られながら毎日多忙な日々を送っている。

 その忙しさにも拘らず、なんとも仰ぎ見る気分になるのは生活態度。キリキリした感じもなく、余裕で休日も楽しむスマートさ。パートナーである私には優しいし、おまけに家事も完璧でこちらが疲れている時には実に楽。

 しかしそんな完全無欠の彼に見えても、人は知らない。信じられない弱点があるのを——


 

「そろそろ、かな」

 夜11時。日本とヨーロッパの時差、サマータイムにて7時間。つまり現地は朝6時。多少早い気もするが、このくらいからスタートしないと8時出発にはギリギリだろう。特に一人の場合は。

 そう踏んで、私は通話アプリの連絡先欄をタップする。ネットさえ繋がれば国際電話も楽なのだからいい時代になったものだわ、と思って待つこと数秒。

「傑、やっぱりまだ爆睡かな」

 出ない。ホテルなら着替えて朝食に行ってまた部屋に帰って……と普段より時間がかかるはずなのだ。もう一回掛け直すか、と一度通話を切って再びタップする。

 ……出ない。

 予想通りなのに不安が胸の辺りに上ってきてしまうのはどうしたらいいのやら。起きているはずがないし、レム睡眠なわけもない。

 そう、私のパートナーである傑は、朝にめっぽう弱いのである。海外出張ともなれば当然一人。大事な業務であると言うのに朝寝坊して職場に遅れたとか洒落にならない。断固として起きるまで粘ってコールし続けなければ。

 と言う間にもすでに10回はコールしているのだけれど一向に出ない。ああんもう、ビデオ通話つけっぱなしにして様子が知りたい。向こうのホテルの目覚ましも含めて絶対に一網打尽にしている。

 もう一度、とコールのし直し。今度こそお願い……と縋るような気持ちで待つこそ数回、神は念願を聞き届けたのかカシッと通信が切り替わる。

すぐる! そろそろ起き……」

「もしもし?」

 出た! 発声確認! よっし、なんかボケッとした声だけれどよかった今なら間に合う。

「傑!? ちゃんと起きてる? 朝だからね! 今からすぐ準備始めてね! このまままた寝ちゃダメだからちゃんとベッドから起き上がって顔洗って目覚まし……」

「大丈夫だよ。麻は心配性だなぁ」

 くすくす笑い出しそうな和やかな返事が不安を倍増するぅ! まだ夢の中じゃないのぉそれえ!?

「大丈夫ってそれほんと信用ならない」

「本当に大丈夫。いま身支度しているところだから」

「へ?」

 何それ。

「だって通話出るのこんなに遅く……」

「ああごめん、シャワー浴びてて気づかなくて」

 は? 誰これ。本当に傑?

「なんで今日はこんな早起きなの」

「ああ、海外来るといつも早く起きちゃうんだよね」

 なぜ、と聞き返そうとすると、困ったような声が続いた。

「前に海外出張だった時、帰りのフライトがものすごい早朝でさ。乗り遅れるんじゃないか不安でものすごく早くに起きちゃって。それ以来、海外では妙に早くに目が覚めるんだよねぇ」

 あはは、と笑うのはとても優しい声音で好きなのですが。

「傑、日本でも北海道ブランチにでも異動してもらった方がいいんじゃないの」

「それだと帰りも遅くて麻と夕ご飯が楽しめなさそうで嫌だなぁ」

 それはそうなんだけど。朝の戦場と天秤にかけるには……ううん、そう楽しみそうに言われちゃうと、なかなかに譲れない条件かも。

 そう言ったら受話器の向こうで可笑しそうに笑われる。

「そうなったら北海道居住指定だよ。さすがにフライト通勤は許されないよ」

「あ、そっか」

「そっち夜だし、疲れてるんじゃない? 麻もそろそろ寝なね」

 こう言うあたり、もう完全に覚醒している傑である。なんだか気が抜けて一気に眠くなってきた。しかも傑の落ち着いた声聞いたせいか、こっちはほわほわしてきちゃうから反則だ。

 私の彼はスーパーダーリン、人呼んでスパダリというらしい。

 しかし彼も人間、とんでもない弱点くらい……海外では消えるってどういうことなの。

 この一件以来、傑が出張に行っている間は妙に穏やかな私の日常。しかもこちらの就寝前にお休みコールが聞けるというおまけつき。

 普段もこれなら苦労しないけど、普段まで完璧だと……それはそれで、つまんないかな?


***


 ちろっと海外で思いついてしまった短編です。麻さんも結構なお姉さん気質なので、少しはお姉さんしたいかも?

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スパダリの彼と付き合う法 蜜柑桜 @Mican-Sakura

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