第1話 植物図鑑(2)

「へんなの。いっつも、つまんなそうなかおしてる」

 きのう、クラスの友だちにそんなことをいわれたのがかなしかったから、わたし、きょうのがっこうをやすんでやった。あのこ、なんていうかな。

 わたしはほんとうにたのしいのに、すこしむすっとしたかおにみえるからってそんなことをいうなんて、ひととしておかしい。

 がっこうがある日のおひるのこうえんは、わたしのしっているこうえんとはちがっていた。ボールをつくおじいさんおばあさんや、あかちゃんをだくおかあさんがいるけど、わたしとおなじぐらいの年のこはみあたらなかった。

 なんか、わたし、とくべつだ。

 そんなことをおもいながら、いっしょにここにきてくれたおばあちゃんのほうをふりかえった。でもおばあちゃんは、ベンチにすわってねてしまっていた。おつかれだ。

 しょうがない。わたしは一人で、こうえんを見てまわることにしよう。でもおこられるのはこわいから、おばあちゃんから見えるところまで。

 わたしはこうえんをあるいた。このまえさくらがちったばかりなのに、もうすこしずつあつくなっていて、もうすぐなつがくるかんじ。そらをみながらあるいてたら、くびがつかれたからおもいっきりじめんをみた。そうしたら、ちいさいかわいい花と目があった。

 ごまいのちいさなきいろいはなびらのあるはな。なんだろう、とおもって、わたしはそれを見つめていた。するとうしろから、こえをかけられた。

「ねえ、そこで何を見ているの?」

 びっくりしてふりかえると、じょせいがいた。せいふくをきている。たまに、このせいふくをきているひとたちをみる。このひともおなじがっこうなのかな。

「このはなをみてたの」

 するとそのひとは、「ふーん」とわたしとはなをこうごに見つめてから、いきなりこういったの。

「ねえ、カメラに興味ある?」


「実はさっきから君のことを見てたんだよ。変な子がいるなあって思って」

「へんなこじゃない」

「あはは、ごめん。酷い言い方だったね。もっとちゃんと言うとね。君だけ、他の人達と違うところを見ているなあって思ったんだよ」

「へんなところ?」

「うん。木の色とか、地面の足跡とか、空の端っことか……そういうのを、見てたでしょ? 楽しそうだったよ」

「うん」

 わたしはうなずきながら、わたしのかんがえることがわかるなんてすごいな、っておもった。

「でもね、みーんなそういったものを見ているわけじゃないんだ。どんなに濃い青空でも、端っこは白いでしょ?」

「うんうん」

「でも、それを知らない、見たこともない子もいるんだよ」

「そうなんだ」

 わたしはびっくりしました。いつもあんなにえがおでたのしそうなみんなも、そらのはしっこのことはしらないんだ。

「そう。だから、そんな違った視点を持つ君に、この私が直々にカメラを教えてあげようと思ってね。この植物図鑑と一緒に」

 そういってカメラとしょくぶつのずかんをもってわらったおねえさんを見て、わたしはなんだか、たのしいことがはじまるよかんがした。


 そのあと、おねえさんにカメラのことをいろいろとおしえてもらった。カメラごしに見たきいろいはなは、ほんものをみたときみたいにかわいくうつっていた。

「なんだか、君と植物って似てる気がする」

「そう?」

 おねえさんがもうじかんらしくって、きょうはもうおわりになるとき、おねえさんがしょくぶつずかんをわたしにわたしてくれた。

「この本、あげるよ」

「えっ、いいの?」

 わたしはカメラをおそわっているときにずっと、おねえさんのずかんがうらやましいなあと見ていたので、ほんとうにうれしかった。

「うん。無くさないように、ちゃんと表紙に名前を書いておくんだよ」

「わかった」

「良い返事だね。……あー、あと」

 おねえさんはわたしのもっているずかんのさいしょのページをひらいて、ボールペンでなにかをかいていた。

「これでよし。そうだ、最後にひとつ聞いていいかな?」

「なにを?」

 ずかんをもらえたのがうれしくていろいろページをめくっていたわたしに、おねえさんがきいた。

「君、名前はなんて言うの?」

「なとりせつな。おばあちゃんがつけてくれた名前なの。おねえちゃんは?」

「私? 私は、西見実。『みのり』って呼んでね」

「うん、わかった。みのりさん、じゃあね」

 てをふってかえるみのりさんに、わたしもてをふりかえした。おばあちゃんのところにいくまえに、さっきみのりさんがかいたものがきになって、ずかんのさいしょのページをひらいた。

「せつなちゃんへ たのしかったよ! 木よう日のおひるにまたあおうね みのり」

 わたしは、おきたばっかりのおばあちゃんがいるベンチへ、スキップしていった。

———


 今思えば、あの時の私は、表情を持たずにただそこに暮らしている植物という存在に共感していたのではないかと思う。当時は、少し無愛想な顔をしているからと同級生によくからかわれていて、本当に嫌だった。そんな中、学校をさぼった日に出会ったのが実さんだった。彼女は私が私なりに景色を見て楽しんでいるということを見抜いて、カメラを私に勧めてくれた。本当に感謝しているし、その観察眼には今の私でもかなわないなと思う。

 この記憶を思い出したとき、私に、ある目標ができた。

 実さんに、もう一度会いたい。会って、お礼を言いたい。

 私が故人書店を手伝うと決めたのも、そうすればいつか彼女に会えるかもしれないと思ったからだ。根拠は無いけれど。

 そして、翌日。昨日と同じように公園を歩いていると、昨日と同じように歩道に美しい黒猫がいた。

「ふにゃあ」

 私は昨日と同じように、眠そうに鳴く彼女についていく。私はこうして、故人書店との日々を過ごし始めた。

(故人書店第1話「植物図鑑」 おわり)

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故人書店 さしもぐさ。 @sashimo

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