刑事、恭介の憂鬱
マキシ
事故か? 事件か?
「やっかいだな……」
ため息交じりに言った。俺は、このド田舎警察署の刑事をやってる、恭介だ。
まあ、俺の名前なんぞ、憶えてくれなくていいよ。
「今度の案件ですか? まだ殺人とは、わからないんでしたっけ」
俺の独り言に反応してくれたこの若い刑事は、若手では一番の出世株、雅之。
頭がいいくせに、人付き合いもいい、優等生タイプだ。いい奴なんだが、ひねくれものの俺としては、少々煙たいとも思っている。雅之には悪いが。
「そうだ。死んだのは薪次、今年78歳になる老人だが、まだまだ足腰はしっかりしていたそうだ。それが、連絡が取れないという離婚した元妻からの通報で捜索してみると、自宅からほど近い山の崖下で、死体となっていたのが発見された」
「ははあ、普通に考えれば、事故の線が強いですよね。何がそんなにやっかいなんですか?」
優等生らしい発言だ。俺は続ける。
「まず、崖には、ちゃんと柵があったんだ。まだまだ足腰がしっかりしていると言ったって、78歳の老人が柵を乗り越えるのは一苦労だろう。じゃあ自殺かって言うと、それも考えにくい。薪次は、頑固な性格で、引退するまでは猛烈な仕事人間、とても自殺なんて考えるタイプじゃなかったそうだ。痴呆だったかは……、今となっては、わからんな」
「容疑者になりそうな人はいるんですか?」
雅之は、少し興味を持ったようだ。俺は、この一週間ばかり、足を棒にして調べたことを話した。
「まず、薪次には、相当な資産があった。死体が発見された山も、名義は薪次のものだったそうだ。それに、親戚に金に困った奴が何人かいて、その内の一人は、薪次が死んだ日の何日か前にも、借金を頼みに行って、断られている」
「怪しいといえば、怪しいですが、それだけじゃ弱いような……。さっき離婚した元妻って仰っていましたが、元妻の方はどうだったんですか? アリバイなんかは」
さすが優等生、卒のないもの言いだ。俺は、雅之に話すことで、状況の整理ができそうだったので、話に付き合ってもらうことにした。
「妻には、事件発生時のアリバイが、ばっちりあった。息子と一緒だったんだ。二人で、外食してたそうだ。あまり裕福ではなかったそうだが、たまのぜいたくとして、月に一度、二人で外食するようにしていたそうだ」
「となると、やっぱり金に困った親戚筋の方が有力か……、ならそっちを調べるのに注力すればいいように思いますが、何がそんなにやっかいなんですか?」
優等生は、目の付け所がいいね……。俺は、元妻から聞いた話を雅之に話した。
「元妻は人情家で、別れた後も薪次とメールで連絡を取り、困ったことがないか聞いていたりしていたそうだ。離婚するとき、薪次からの援助を断ったほどの気骨がある女性らしいが……、女ってのは、わからんな。どうしてそこまでできるのか……」
独り言になりかかった俺の話を聞いて、雅之が苦笑して言った。
「恭介さん、ちゃんと話、聞かせてください。それで、元妻は何て言ってたんですか?」
「ああ、すまんすまん。ちょっと腑に落ちないことがあってな。薪次は、慣れないメールを、毎日元妻に送っていたそうだ。結構几帳面なやつだったらしいな。ただ、メールの内容はかなり簡素だ。どうも手打ちに慣れてなかったらしい」
俺は、薪次の持ち物だったスマートフォンの画像を撮影した写真を雅之に見せた。
「これが、薪次が元妻に送っていたメールですか。随分簡素ですね。
あさおきた
メシたべた
フロはいた
こんな文章ばっかりですか、もっと書くことなかったんですかね」
俺は、雅之にもっと先の日付のメールを見るように言った。
「先ですか、ええと……、この辺かな。
あさおきた
メシたべた
やまいた
トリあえず
途中で切れてますね。取り合えずの後、どうしたんでしょう。
あさおきた
やまいた
トリあえず
これも途中で切れてる。
トリあえず
これだけ? 次のもだ。メールが面倒になったんですかね。それともやっぱり、痴呆になっていたとか」
俺は、俺が感じている違和感を雅之に話した。
「それなんだ。薪次は几帳面な性格だったという、なのに毎日続けていたメールが『トリあえず』だけになった理由はなんだ? 何か気持ちの変化があったんじゃないかと思っているんだが……」
「それが、わからないと?」
雅之が後を続けて言う。
「そうだ。こういう時は、足を使うしかないな。ガイシャの近所に聞き込みに行ってくるよ。何か出てくるかもしれん」
俺はそう言って、出かけようとした。すると、雅之が付いてくると言い出した。
「お前、そんな暇あるのか?」
雅之が、にっこり笑って言う。
「大丈夫です。前のヤマが思ったより早く片付いたんで、ちょっと手が空いてるんです」
優等生は、言うことが違うね……。
「まあ、お前がいいならいいさ。ちょっと遠いぞ」
「了解です!」
俺たちは、薪次の自宅近くまで車を走らせた。
俺たちは、薪次の自宅近くまで来ると、車を止めて聞き込みを始めた。既に何度か警察から聴取を受けていた近所の人は、うんざりしたような顔をしながら応じてくれたが、新しいことは出てこなかった。しかし、まだ聞き込みをしていなさそうな人物がいるという話が聞けた。
「薪次さんの家とは、少し離れているところに住んでいる青年なんですけど、薪次さんと空き地で一緒にいるところを見かけたことがあるんです。彼にも話を聞いてみたらどうでしょう。彼は、少し旅行に出てたんですが、最近帰ってきたんです」
それを教えてくれた近所の住人にその青年の家の場所を聞き、青年を訪ねた。青年は、快く話に応じてくれた。
俺は、青年に警察手帳を見せたあと、型通りの挨拶してから話を聞いた。
「最近まで、旅行に行かれていたとか?」
「ええ、少し南の方に、鳥を見に行っていたんです」
「鳥ですか?」
俺は、何か引っかかるものを感じながら聞き返した。
「実は僕、バードウォッチングが趣味でして、離島には、珍しい鳥を見れるところがあるんですよ」
「ほお、薪次さんは、鳥はお好きなようでしたか?」
俺は、自分が感じた引っかかりが何かを探るため、「鳥」について質問した。
「いいえ、特にそういうことは……、あ、そういえば……」
青年が、何かに気が付いたような顔をする。
「なんです?」
俺は、努めて平静を装って聞いた。
「薪次さんと空き地で一緒にいたとき、薪次さんの肩に、インコが止まったことがあったんです。その時、薪次さん、随分驚いたような顔をされていました」
「インコですか? この辺、インコが外を飛んでいたりするんですか?」
俺は、予想外の単語が出てきたことに少し驚いて聞いた。
「ええ、野生化したインコを見かけることは、それほど珍しいことじゃありませんよ。ただ、野生化した文鳥なんかだと人に近寄ってくることもあるようですが、インコではあまり聞いたことありませんね」
鳥のうんちくが話せて青年は饒舌になっていたが、こちらにとってもありがたい情報だった。
「ありがとう、とても参考になりました」
「いえいえ、私でお役に立てそうなことがありましたら、またいつでも」
善良そうなその青年は、立ち去る俺たちをそう言って送り出した。
「これから、どうするんです?」
そう聞く雅之に、俺は答えた。
「元妻だ」
俺は、元妻に会いに行った。元妻が暮らしているアパートを訪ねると、息子が仕事から帰ってきていた。どうも、これから夕食だったらしい。
「どうも恐れ入ります、ご夕食時だったようで……」
恐縮する俺たちに、元妻は愛想よく言った。
「いいえ、構いませんのよ。どうぞ、お入りになって」
俺と雅之は、元妻と息子が住む、アパートに入って行った。
「実は、少し伺いたいことがありまして」
ちゃぶ台を挟んで、俺と雅之、元妻と息子が、向かい合って座った。
「なんでしょう。お話できることは、全てお話したかと存じますが」
少し不思議な顔をして、元妻が答える。息子は、うんざりしたような顔をしている。
「親父のことで、これ以上煩わされるのは、正直うんざりなんですよ。もう関係ないんですから」
「これ、そんなことを言うもんじゃありませんよ」
元妻が、息子をたしなめる。どうも、親子仲は良くなかったようだ。
「お父さんのことは、好きではなかったんだね」
雅之が、珍しく口を出した。
「ええ、親父は、自己中心的で、傲慢でした。稀にですが、暴力もあったんです。でも、念のために言っておきますが、俺、親父を殺したりしませんよ」
その言葉を聞いて、元妻が絶句する。
息子が続けて言う。
「親父、殺されたんでしょ。不思議なことじゃない、そういう人だった」
「いや、殺人であることは、はっきりしていない」
雅之が、穏やかな口調で言う。
俺は、口を挟んでいった。
「本日、お邪魔したのは、薪次さんが、鳥について何か仰っていなかったかと思いまして」
「鳥ですか? さあ……」
元妻が首をかしげる。
「鳥になんて、関心を持つような人じゃ……」
息子が、言いかけて口をつぐむ。
「何か、お心当たりが?」
俺は、事務的な態度に見えるように気を付けて、息子に尋ねた。
「親父に殴られたことがあったんです。その時、インコを飼ってたんですけど、俺がよろけた拍子に鳥かごが倒れて、インコが逃げちゃったんです。すごくかわいがっていたインコだったので、その時はすごく悲しかったな」
俺は、続けて息子に尋ねた。
「その時、お父さんは、どんな態度だった?」
「親父の奴は、『そんな軟弱なものを飼ってるからだ、せいせいした!』って言って、すぐに部屋から出て行っちゃいました」
そう答える息子に、雅之が苦笑して言った。
「ひどいお父さんだ」
息子は、肩をすくめた。
俺は、雅之の肩を叩いてから、元妻と息子に言った。
「ありがとうございます、とても参考になりました。私たちは、これで」
俺は、
雅之が俺に尋ねる。
「この次は?」
俺は、車に飛び込んで言った。
「山だ」
俺は、薪次の死体が発見された崖に来ていた。
そして、そばに立っている大きなの枝にとまる鳥の姿に見入った。
「恭介さん、あれは……」
複雑な顔をして俺に聞く雅之に、俺は答えて言った。
「インコだ」
枝には、野生化したインコが数匹とまっていた。どうやら家族のようだ。この木の枝を縄張りにしているらしい。
雅之は、複雑な表情のまま、俺に尋ねた。
「恭介さん、どういうことなんでしょう……」
俺は、これまでのことを整理して、雅之に説明した。
「薪次は、妻と離婚して一人で暮らしていたが、ずっと二人のことが気になっていたんだ。そして、空き地で自分の肩に止まったインコを見て、昔逃がしてしまった息子のインコを思い出した。それで、毎日山に通ってインコを探して回っていたんだ」
雅之が、納得したように言う。
「なるほど、それが、『やまいた』ですか、でも『トリあえず』ということは……」
「そうだ、中々インコは見つからなかった。広い山だしな。薪次の死体を見つけるのだって、随分苦労したらしい。それが……」
俺の話を続けて、雅之が言う。
「あの『トリあえず』だけのメールってことですね、薪次は失望していたんだ」
俺は、それに応えて言う。
「そう、しかし、あの日、薪次はついに見つけたんだ。昔自分が逃がしてしまった鳥を。捕まえたところでどうするかまで考えていなかったかもしれん。しかし、夢中でインコに近づこうとして……」
「足を滑らせて、崖に落ちたってことですか……」
声の調子を落として、雅之が言った。
「薪次は、元妻や息子に辛く当たっていたことを、後悔していたんですね」
誰かに言い聞かせるように、雅之が言う。
俺は、ことの成り行きがわかって喜びたい気持ちと、薪次に同情したい気持ちの両方を感じながら言った。
「そうだな……、この件は事件ではなく、事故だったってことだ。元妻と息子に、このことを伝えてやらないとな」
雅之が、少し照れ臭そうに話し出した。
「実は僕、最近親父と衝突することが多くて、少し参ってたんですよ。親父は、僕の言うことに中々耳を貸してくれなくって……、どうして僕を信用してくれないのかって……」
俺は、優等生でも悩むことがあるのかと、意外に思って聞いていた。
「そうだな。親父って奴は、どいつもこいつも、子供の気持ちなんぞ、わかってやれないのかもしん。でも、いつだって気にしてるもんなんだ、きっとな。心配なんだよ」
「はい。今度会って、また話をしてみます」
少し恥ずかしそうにそう言う雅之を見て、俺は雅之に対する考えを改めた。
誰だって、悩んで、心配して、失敗したりするのだ。優等生だって変わりはない。
俺は、しばらく会ってなかった親父を思い出して、今度実家に帰る時には、親父の好きな酒でも買っていってやろうとか、そんなことを考えながら、雅之とともに帰途についた。
Fin
刑事、恭介の憂鬱 マキシ @Tokyo_Rose
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