のんべえノミヤさんの飲み歩き ~若鶏の白レバーは、まずはそのまま頂くべし~

初美陽一

トリあえず、何も和えず、そのままで

 小洒落こじゃれたバーのような、品の良い店内。

 一人掛けのテーブル席に座るのは、三月中旬の繁忙期をようやく抜けた、仕事帰りの〝野宮のみや 愛華まなか〟。


 怜悧れいりな横顔は触れることすら躊躇われるような、鋭い美貌。切れ長の目は凛として、瞬きの音さえ聞こえてくるのではと思うほど。


 スーツ姿で背筋を伸ばして、まだ仕事中かのような緊張感を漂わせている彼女が、真一文字に結んだ口から、「ふう」とため息を漏らす。


 白く細長い指先で、とんとん、とテーブルを叩き、眼を閉じる姿は、何かを待ち侘びている様子で。


 愛華まなかが再度、ため息を吐きそうになった、その時――ウェイターがトレイを片手に、テーブルへと近づいて。



「お待たせいたしました、お客様。

 ――若鶏の白レバー、五つ盛りでございます――」


「わあぁ~……!」



 愛華の氷を思わせる怜悧な美貌が、瞬間、ふにゃりと溶けたようにとろける。

 厳粛な社会人の顔は、一転、好きな物を目の前にした少女に早変わりしていた。


 大きな目を真ん丸に、切れ長の目尻を下げて、運ばれてきた料理を宝石を見つめるように眺める愛華。


 同時に運ばれてきた純米の日本酒には、まだ手を付けない。

 まずは目の前の白レバー、一般的なレバーより元々臭みも少ないが、丁寧な低温調理で些細な臭みすら残さず、芳醇な香りが鼻腔びこうをくすぐる。


 白レバーはその名の通り、赤身のレバーより白っぽく、これはトリの脂肪肝の比率が多いことを示すもの。

 部位としては希少で、低温調理を通して、なおもプルプルと弾力があるクリーム色のレバー。


 ウェイターが置いていった横長の器には、塩、ポン酢、タレ、の三種が区切られて入っていた。けれど愛華は、そこにもまだ、手を付けない。



 、何も和えず、そのままで。



 淡いクリーム色のを、右手で操る箸で摘まみ、愛華は自身の小さな口に狙いを定め。

 パクッ、と一口で含んだ、刹那――



 口の中で、舌の上で、滑らかにとろける白レバー!



「―――ん、んぅ~~~~っ……♡」



 ふわり、口中に広がる濃醇のうじゅんな味わい。

 更にここへ、控えている純米酒へ左手を伸ばし。

 待ちかねている唇へと近づけて――くいっ、と傾けた瞬間。



「ぷ―――はぁ~っ♡」



 白レバーの味わいと、お米の旨味を抽出したような酒味しゅみが混ざり合って、なお臭みなど生まず――むしろ口の中で花開いたかのような、濃厚なかぐわしさ!


 元々臭みの少ない白レバーを、更に低温調理で丁寧に仕上げ、ほんの些細な臭みすらもなくしてくれて。

 お米本来の味わいを、芳醇な香りと共に運んでくれる、純米酒。

 その相性の良さといったら、本当に、もう―――


(ああ、もう今日は、お米のごはん一口ひとくちもいらないなぁ)


 そんなことを思う愛華の、とろん、と蕩けた表情は、アルコールではなく美味しさによるもので。


 ――さて、残りの白レバーは、4つ。


 とりあえず、えて何もえず、味わった後は。


 運ばれてきた〝塩〟〝ポン酢〟〝タレ〟――それぞれで一つずつ、頂くべきだろう。


 白レバーの味をシンプルに引き立てる、お塩様の名脇役ぶり。

 店ごとに配合を工夫することもあるポン酢は、料理人のこだわりが窺える。

 タレも秘伝、白レバーの芳醇と濃厚に拍車をかけ、メインディッシュの味わいだ。


 ごはんのように純米酒がスルスルと喉を抜け、多幸感は言葉にならないほどで。


 白レバー、最後に残った一つは。


〝さっぱりと塩〟〝スカッとポン酢〟〝ガツンとタレで!〟――?


 もしくは〝トリえずそのままで〟も、締めくくりとしてはオツなもの。


 お酒の傾け方も、最後の一口になるように、と調整しつつ。

 最後のレバーをどう食べるか、悩むその時間さえ、幸せなもの。


 よし、と心と覚悟を大げさに決めて、箸を伸ばした彼女が――どのような選択をしたとて、きっと、その表情は同じはず。


「んっ、んん~~~~っ……ん~~~っ、うんっ!」


 とろける白レバーを体現するように、顔を目いっぱいに綻ばせて。


 ほう、とほろ酔いの息を漏らし、潤う唇から一言。




「………明日も、がんばろっ♡」




 トリあえず 何も和えず そのままで

 舌にとろける ホワイトレバー



 ― end ―

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のんべえノミヤさんの飲み歩き ~若鶏の白レバーは、まずはそのまま頂くべし~ 初美陽一 @hatsumi_youichi

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