文化祭でうんこしたくなった話
京路
黒歴史
もう二十うん年前、当時少年だった俺は田舎の進学校に通ってました。
どんな学校かといえば、年に数人は東京六大学に進学し、十数年前に甲子園に行ったのがいまだに自慢で、学年に二人くらいは留年した先輩がいるような感じといえばわかるでしょうか。
そんな高校に通っていた俺ですが、深夜ラジオ聞きながら小説書いてて授業中は寝てるもんだから、成績はヤンキーよりはいい程度。得意技は、テスト返しの時の部分点交渉で、「0.1点でもいいのでください!」と無意味に粘って授業時間を浪費する。
いやあ、イタい奴でした。
そんな俺少年も文化祭には色めき立ちました。この学校、文化祭は3年に一度だけ。文化祭といえば学園生活の最重要イベントと言っても過言ではない。ババ色の青春を送っていた俺少年も、気合が入っていました。
そして文化祭の出し物を決める学級会。
息せききって、俺少年は提案しました。
「当たりなしクジ!」
――いやいや無理だって。
当時は本気で「今までにない画期的なアイディア!」と思っていたからタチが悪い。
進行の人がしぶしぶ黒板に「くじ(あたりなし)」と書いてくれたわけですが、しかし廊下を通りがかったほかの生徒がチラ見してくるのに気づいて、「ああ、ばれた、もうダメだ!」と取り下げる始末。はじめからダメだよ。
あれ? 本題に入る前なのに、すでにけっこうイタいぞ……?
で、出し物は無難にお好み焼きに決まったんですが、「隠し味にタバスコとかいいんじゃない?」と妙なことを本気で言いだしたり、イタさに余念がありません。よくいじめられなかったな。
ほどよくスルーされてもめげない俺少年は、帰り道でタバスコを購入しやがりました。
いや、さすがに当日ぶっつけで混入しようなんて考えてませんでしたよ? それじゃテロリストですからね。
でも「実際にやってみればみんなもわかってくれるかも!」とあきらめていませんでした。いわゆるテロリスト予備軍ですね。
うーん、殴りたい!
そんなこんなで文化祭当日。
我が道を行く俺少年に、天罰が下ります。
それは、突然の腹痛。
おなかが痛い。
言い換えればうんこがしたい。
しかし多様性が謳われ始めた昨今ならいざ知らず、平成中期の男子学生にとって学校でうんこをすることの禁忌性は、恐れ知らずの俺少年にとっても容易ならざるものでありました。
やむにやまれず、自由時間になった直後、校舎4階まで駆け上がりました。
文化祭は管理上の都合から、1階と2階に限定していたのです。これを逆手にとって、誰もいない4階でうんこしようと考えたのです。
2フロア隔てた男子トイレは不思議な静寂に包まれていました。
遠い喧騒の余韻に思いをはせる余裕もなく、俺少年は和式便器に陣取り、思いのままに花開かせました。比喩。
思いのたけを叫びつくした俺少年。さてすべて水に流して祭りに戻ろうかと思った矢先、ふいにトイレの廊下側のドアが開かれました。
まさか! 文化祭の誰もいない4階にいったい誰が?
とっさに息を殺し、薄いベニヤの扉の向こうに意識を向けます。
複数の男子生徒の声。軽薄に笑いながら、カチッカチと石がこすれる音。遅れて漂ってくる独特のヤニの臭い。
ヤンキーだ!
人気がない4階トイレで、喫煙をしゃれこみにきやがったのです。
考えてみれば、彼らもこの喧騒から離れてヤニをたしなみたいのでしょう。ひとけから離れたいという気持ちは俺少年と同じ。うんこかヤニかの違い。
いくら空気読めない俺少年でも、この状況でうんこ流して「いやどうも」とのこのこ出てくほどアホにはなれきれてませんでした。
とにかく必死に息をひそめました。
扉一枚隔てた空間には数人の喫煙ヤンキー。
普段のクラスメイトとの会話には空気を読みすぎて空気になっていた俺少年ですが、この時ばかりは本気で空気になりました。
ここには誰もいない。あるのはだたのうんこくさい空気だけです。
ほどなくして誰の声も聞こえなくなりました。が、気配を消すことには長けていても気配を読むことはできなかった俺少年は、確信が持てず延々と空気であり続けます。
外からはにぎやかな喧噪。館内放送で、ライブ上演を知らせるアナウンス。たった2フロア下のことですが、ひどく遠くに感じます。
やがて自由時間が終わりかけたとき、ようやく意を決し、扉を開けました。
誰もいなくなっていました。
腹痛で苦しむことも、うんこしてるのがばれることも、ヤンキーに絡まれることもなく無事にやりすごせましたが、なぜでしょうか、胸にぽっかり穴が開いたような空虚感。
生涯で一度しかない高校文化祭の一日を、こんなことで浪費するなんて。
ああ、これぞ我が人生の最大の黒歴史……
と、当時は思ったわけですが。
今になって振り返ってみると、ひとつの真実に気付くことができました。
本当の闇。
それは、俺少年、別にトイレにこもらなくても文化祭なんて楽しめやしなかったということ。
準備段階からの奇行から想像に難くないと思いますが、友達いません。いわんや彼女など論外。ひとりで文化祭の浮かれた空気の中をさまよったところで、溶け込めずに結局は外へと流されてしまったでしょう。うんこのように。
トイレにこもろうがこもらまいが、行きつく先は結局同じであったことを、二十うん年たった今になって気づくことになろうとは。
闇は黒歴史より出でて黒より暗し。
文化祭でうんこしたくなった話 京路 @miyakomiti
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