春が来ると君は

入江 涼子

第1話

  私は時たまに、近所にある川の土手道に植えてある桜を見に行った。


 幼い頃に、植えられた樹木は最初こそ細い若木だったが。一年、二年と経つごとに少しずつ、立派に花も咲かせるようになっていった。その光景をずっと見守ってきた。

 今年で約四十年近くが経つ。すっかり、桜は普通に樹木と言える状態にまで育っている。早いなと思う。

 土手道を歩きながら、感慨に浸った。


 三月の中旬のある日、私はゆっくりと桜が咲く土手道を散歩していた。私の傍らには長男、夫の方にも次男がいる。そう、家族総出で花見がてらに来たのだ。


「ねえ、母さん、父さん。綺麗だねえ!」


「本当にね、春生はるき春弥しゅんや。まだ、蕾が多いけど」


「僕は気にしないよ、まだ時期的に早いって父さんも言ってたじゃん」


「そうだな、満開になったら。また、お弁当を持って本格的にお花見と行くかな」


「いいね、兄ちゃん!俺、唐揚げが食べたい!」


 思い思いに言いながら、土手道を進む。桜の枝が風に揺れた。まだ、花弁が散る程には咲いていない。


「……ねえ、母さん。この桜ってずっと、昔からあるの?」


「そうよ、母さんがちっちゃい頃からね。もう、今から四十年近くも昔になるかな」


「へえ、僕が生まれる前からあるんだ」


 長男もとい、春生はそう言いながら立ち止まる。じっと、桜の一本を見つめた。


「……僕、聞いた事あるよ。木のお医者さんがいるって。将来はそのお仕事をしたい」


「あら、木のお医者さんに?」


「うん、頑張って勉強する。春弥は何になりたい?」


 春生は真面目な顔で次男もとい、春弥に尋ねる。


「……何にって、お仕事の事?」 


「そう、何のお仕事をしたいんだ?」


「ううむ、俺は獣医さんになりたいかな」


「へえ、僕とは違うけど。お医者さんって所は一緒だな!」 


「そうだね」


 春生と春弥はにっこりと笑いながら、互いに手を繋いだ。二人は男の子同士だが、割と気が合うらしい。時たまにケンカをするけど。


「二人共、将来が楽しみね」


「だな、代わりに二人共に勉強を今以上に頑張らないとな」


「そうね、春生、春弥。また、なりたいものになれたら。ここに来ましょう」


「「はい!」」


 二人は元気よく、返事をした。私と夫は笑い合ったのだった。


 あれから、また十数年が過ぎた。私は再び、あの土手道を歩いている。傍らには夫がいた。既に、息子達は巣立っている。


「……冬木さん、また桜が咲いたわね」


「ああ、この景色はいつ見に来ても変わらないな」


「本当にねえ」


 二人で言いながら、穏やかな日だまりの中で散歩を続けた。しばらくそうしていたら、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには背が高い青年達が若い女性二人組と共に佇んでいたのだ。青年二人は見覚えがある。


「……久しぶり、母さん」


「長い間、電話もせずにごめん。やっと、約束を果たせたからさ。ここに来たんだ」


「あの、初めまして。あたしは春生さんと交際させてもらっています。名前を理沙と申します」


「初めまして、私も春弥さんと交際している者でして。名前は澪と言います」


「あら、まあ。二人共、彼女さんがいたのね。初めまして、理沙さんに澪さん。私は春生と春弥の母で桜子と言います。よろしくね」


「……儂は父ではじめだ。よろしくな」


 皆で自己紹介をし合う。春生と理沙さん、春弥と澪さんはにこやかに笑う。


「あの、お義母さんと呼んでもいいですか?」


「構わないわよ、理沙さんに澪さん」


「私もお義母さんと呼ばせてもらいますね」


 三人で賑やかに話す。男性陣も和やかに、何かを話している。


「実は春生さんと春弥君、二人共に樹木医と獣医の試験に合格できたんです。それの報告と挨拶を兼ねて、来ました」


「……理沙と私は同い年で、高校の同級生だったんです。春生さんは大学の先輩で。理沙が付き合うと言った時は驚きましたよ」


「へえ、理沙さんと澪さんがね。春弥とはいつ、出会ったの?」


「春弥も私や理沙、春生さんと同じ大学で。ちなみに、私は理沙の紹介で春弥と付き合うようになりました」


「まあまあ、そうなの。あ、立ち話も何だから。家に来て」  


「「はあ」」


 理沙さんと澪さんは神妙な表情になった。


「お気遣いなく、あたし達は挨拶が済んだら。すぐに帰るつもりですので」


「……理沙、ちょっとはオブラートに包みなよ」


「え、だって。お花見を兼ねて行こうって、澪が言ったんでしょ?」


「あんたはね、ちょっと黙ってて」


 澪さんがきつめに言うと、理沙さんは不承不承で口を噤む。


「本当にすみません、あの。お邪魔させていただきますね」


「……じゃあ、行きましょう」


 私は苦笑いしながら、夫や春生達に声を掛ける。一緒に、自宅に向かった。


 その後、理沙さんは謝ってくれた。澪さんが言ったのが効いたらしい。

 私は昼食を皆でと勧めてみた。理沙さんや澪さんに好きな物を訊く。


「えっと、あたしは。炒飯がいいです」


「私も炒飯でお願いします」


「分かった、春生や春弥、肇さんもそれでいい?」


 三人も頷いてくれた。私は久しぶりに腕が鳴ると思いながら、仕度を始める。


 さすがに、五人分は骨が折れた。見かねた澪さんが手伝ってくれる。チャーシューを細かくみじん切りにしたり、長ネギも同じようにしたりとてきぱきと動く。中華鍋に油を引いて、まずはチャーシューなどを炒めた。

 火が通ったら、お皿に上げる。次に卵を軽く炒めて、ご飯を投入した。火が通ったら、再びチャーシューなどを加える。しばらく、炒めた。

 塩コショウや鶏ガラスープの素、隠し味にマヨネーズ、最後にお醤油を焦がして加える。また、炒めたら完成だ。五枚のお皿に盛り付けた。


「……できたわよ!」


「あ、いい匂い!」


 私が呼びかけると、理沙さんがまず反応した。他の面々も同じように言う。トレイにお皿を載せてテーブルに持って行く。澪さんも後二枚を持って来てくれた。

 昼食にありついた息子達は綺麗に平らげ、肇さんも珍しく完食した。私や理沙さん、澪さんも同じくだ。


 夕方になり、春生達は帰って行った。賑やかだったのが嘘みたいに静かになる。


「……まさか、春生達にも春が来るとはなあ」


「本当にね、桜がもたらしたのかもしれないわ」


「上手い事言うな、違いない」


 二人で言いながら、後片付けをした。実は春生と理沙さん、今年の初夏辺りに結婚するとか。春弥と澪さんも式は挙げないが。代わりに、入籍はするらしい。私はダブルの幸福に驚きながらも嬉しくもあった。肇さんとしばらくはその話題で持ち切りだった。


 ――The Endroll――

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