トリあえず

大隅 スミヲ

第1話

 ここは異世界の辺境にある洞窟を改造した居酒屋。

 きょうも冒険を終えた人々が集い、酒を飲み交わしている。

 巨大な剣を背負った全身傷跡だらけの黒髪の戦士もいれば、銀色狼シルバーウルフの毛皮を身にまとった金髪の女狩人もいる。もちろん、客は人間だけではない。エルフ族の魔法使いや、鍛冶屋を営むドワーフ族、はたまた鋭いキバを持ったオークなどもいたりして、席はほぼ満席となっていた。


「ふう、やっと一息つける感じだな」

 そう言いながら出てきた蒸しおしぼりで顔を拭いたのは、最近この世界に転送されてきたばかりの探求者のハヤトだった。


 探求者というのは、この世界では何の職業にもついていない者を指し、最初はみんな探求者となる。


「そろそろ、どの道に進むか決めた方がいいんじゃないか、ハヤト」

 一緒にパーティーを組んでいる武道家のサモハンが言う。


 サモハンは小太りな体型ではあるが、全能力を素早さに振ったかのような男であり、素早い連続攻撃で小さなダメージをコツコツと加算させていく戦い方をする武道家だった。


「いつまでも探索者じゃさ、冒険者ギルドで請け負うことのできる仕事も限られちゃうし、もらえる金貨も少ないままだよ」

 サモハンの言葉に同調するかのように、僧侶のマリアも言う。


 マリアは金髪のロングヘアを後ろで無造作にひとつに纏めた髪型をした女性だった。マリアもハヤトと同じように他の世界から転送されてきた人間であったが、ハヤトとは別の世界から転送されてきた人間だった。


 ハヤトたちは三人で冒険者パーティーを組んで、ギルドからの依頼でモンスター・ダンジョンや未到達地に潜ったりして、日々の生活費を稼いでいた。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

 テーブルにエプロンをつけたダークエルフの店員がやってきて、注文を取る。


「とりあえず、ビールを3つ。あとは……」

 マリアはハヤトとサモハンの方に視線を送る。あんたたちは何を頼むの。その目はそう言っていた。


「メガホッグ揚げとラミアのチャーハン、あとはコカトリスのピリ辛マヨネーズ炒め」

 サモハンが自分の食べたいものを言う。


「あと、このデーモン・ロブスターのサラダってやつも」

 マリアがそう言って「あんたはどうするのさ」といった視線をハヤトへと送った。


「えーと、えーと」

 なにも決めていなかったハヤトは、メニュー表の上で視線を行ったり来たりさせた。


「トリあえず……」

「はいよ」

「え?」

「注文を繰り返します。ビール3つに、メガホッグ、ラミ・チャー、コカトリスのピリ辛マヨ、デーモン・サラダ、トリですね」


 それだけ言うと、店員はハヤトたちのテーブルから去っていった。


「……え……トリ?」

 ハヤトはポカンとしていたが、すぐにビールが出てきたので、それ以上は何も言うことができなかった。


「かんぱーい」

 サモハンとマリアは威勢よくいうと、ハヤトのジョッキと自分たちのジョッキをぶつけて、豪快に飲みはじめる。


「いやー、冒険のあとのビールっていうのは格別だね」

 そんな会話をしていると注文したツマミが届く。


「はい、メガホとラミチャ、デモサラね」

 次々とテーブルの上にツマミが置かれ、テーブルの上は賑やかになっていく。

 この世界の食事は、見た目こそはかなりグロテスクだったりするが、味はハヤトが元居た世界と似ており、美味いと思えるものが多かった。


「はい、ね」

 そういってダークエルフの店員が運んできたのは、ロック鳥と呼ばれる巨大な鳥型モンスターの羽根をむしって、丸々蒸したものだった。


「え……」

 ハヤトはあっけにとられながらも、その蒸し鶏に箸を伸ばす。

 食感はそのまま鶏だった。ただ、味はしない。


「味がしないんだけど」

 ハヤトがそう呟くと、サモハンとマリアは何を言っているんだといった表情をした。


「当たり前じゃん、だって『トリあえず』でしょ」

「そうだけど……」

「ただのトリだからな」

 サモハンが笑いながら言う。


「トリと何もえて無いから『トリあえず』でしょ」

「ああ……」


 なんだよ、それ。ハヤトは心の中で呟きながら、その『トリあえず』をビールで流し込んだ。

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トリあえず 大隅 スミヲ @smee

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