はみ出し物の孤独な労働
目々
話半分は酒の席のご愛嬌
ん、呪文ですかったら違うよ。ちゃんと日本語──つうか君はさ、戻んなくていいの? 職場の飲み会ったら、建前はともかく社交つうか業務みたようなもんなのにさ。こうやって喫煙所でだらだら時間潰して、挙句の果てに同じくサボり中の先輩なんか構ってどうすんのさ。『なんか面白い話ないですか』とか、そういう話の振り方が許されるのって、お大尽か社長さんぐらいなもんだからね。ただの職場の先輩になんか振るから、俺は困って呪文みたいな日本語を喋ることになった。君は困った。お互いに気まずくてびっくりしたあたりの痛み分けだよ。馬鹿らしい。
先輩はどうなんですかって、俺はほら、新人でもなし役職もなし可もなく不可もなく、地味な感じの中堅ぐらいの立ち位置にいられてるわけだからね。実際今だって誰も気づいてないだろ。俺が飲み会始まってから何回席立って、何本吸ったと思ってんの。頃合い見てちょっと顔出して適当に飲んでおけば、どうせみんな酒入ってるから、人の一人二人減ってたところでバレやしない。
言ってなかったっけ、出身が北の方でさ。馬鹿みたいに雪が降って人が死ぬくらい寒くって飯が全部塩っぱいか冗談みたいに甘いとこ。悪口じゃないよ、事実。
まあ、こうやって冗談で使うぐらいだよ。気づかなかったってのは、まあね。俺らくらいの世代はテレビや動画でこっちの言葉に慣れてるし。あと大学からこっちにいるわけだしな、いい加減馴染みもする。実家に帰れば元の通りに喋るけど、そんなに面倒なもんでもない。バイリンガルですって言い張れなくもないけど、実用性がないだろ。都会の人間から見たらちょっと面白い単語と発音で喋れるくらいで、あとは何にも役に立たない。
あー、まあ、いいけどね。
そうやってどうでもいい話に食いついてくるってことは、あれだろ。時間潰しの相手になってくれるってことだろ。どうすっかな。
じゃあさ、君。陰口に付き合う気、ある?
陰口っていうかさ、ん……何だろうな、巡り巡って俺の株が下がるっていうか、正気を疑われるっていうか、そういう話なんだけど。厳密に言うとジャンルがずれるのは分かるんだけど、じゃあどこに振ればいいのか分からない、みたいな話。
とにかく考えれば考えるほど、俺に道理がないなってのは分かるんだけどね。そうやって抱え込んでるうちにどんどん分かんなくなってくるから、とにかく誰かに聞いてほしくて──ありがとう。つってもそんな真面目にやんなくてもいい。煙草吸い終わるなり飽きるなり、好きなタイミングで戻ってくれて大丈夫だよ。
君の同期にさ、笠原っているじゃん。あいつなんなんだろうな。
ほらそういう顔する。まだ何にも話してないのにそういう顔するんだもんな。いいよ、どこまで俺のことそういう目で見られるか
喋るからね。聞いてくれよ。悪口って喋り出したら止まれないんだよ、吐いてる最中って何やっても止まんないだろ、そういうもんだから。
最初はさ、なんか面白い喋り方すんなって思ったんだよ。
ん……何だろうな、アクセントの置く場所がズレてるっていうか。派手なもんじゃなくって、すごく些細なことだよ。
最初に気付いたのはあれだ、去年の飲み会だな。盆休み前の、そこそこ大人数が参加したやつ。そんときに笠原、俺の近くで飲んでてさ。他の連中と盛り上がってたから、会話が聞こえてきたんだよ。そんときの『とりあえず』がトリあえずみたいに頭に力入ってる感じだったときだったな。
それで、それ以降何となく目が行くようになってさ。直に聞きたいってほど切羽詰まってはなかったけど、喫煙所とか昼休憩とかに何となく目で追うくらいには気にして見てたんだよ。
そんでまあ、半年ぐらい経ってさ。結論として
最初にさ、発音がちょっと違うって話はしたろ。それは相変わらずそうで、『承りました』がうケたまわりましたみたいな強調の仕方をしてたりとか、そういう細かい単語はそこそこあった。
けど、そういうアクセントの位置がずれてるとかそういうのは、ぎりぎり癖だとか訛りだとかで通るわけだ。俺だって油断するとそうなる。それくらいならみんな結構聞き流してる。別にそれでいいと思うんだよ、日常会話なんていちいち気に留めてたらお
なんだけどさ、笠原はたまに全然分かんない言葉も喋ってんだよね。セダクタイって何だと思う。受けた電話で相槌みたいに使ってたんだけど、俺その単語知らないんだよ。スミハタギってのもあった。これはね、喋った後にお茶買ってきてた。意味は全然分かんない。俺が知らないってだけかもしれないし、もしかしたらただの造語かもしれない。けどそれが業務中に口をついて出るっていうなら、その精神状態もちょっと怖いだろ。
それにさ、たまに首から煙出てるんだよ、あいつ。
喫煙所でそこそこ顔合わせるんだけどさ、こないだ一緒になったとき、何か変だなって思って横目で眺めてたら、どう見ても首の真ん中から煙が零れてるの。うっすら傷っていうか跡みたいな──ああ、継ぎ目だ。そういう感じの薄い凹みがあって、そこから滲むみたいに煙が噴き出てんの。
ほら、やっぱりそういう目をする。
分かるよ、俺だって逆の立場だったらそういう顔するもの。ついでに適当に誤魔化して距離とって上司に相談する。怖いから。でも最初にその辺は宣言したから、できればちょっと待ってほしい。
嘘じゃない、けど、言ってるのが今んとこ俺しかいないから証明もできない。でも俺は嘘は言ってないって主張してる。──すごいな、酔っ払いのうわごとみたいだ。
それは分かってる。俺の言ったことが本当っていうより、俺がおかしくなって笠原の悪口を適当に作って君に吹き込んでる、っていう方がまだ理が通る。俺も最近自信ないもん、自分がこう、笠原に何かしらのなんかで駄目になってるんじゃないかって。理屈としては立てられなくもないだろ、本人も無自覚な劣等感を刺激されることで攻撃的な行動を、みたいな。
だけどさあ。
耳取れてたら、駄目だろ。
無理だもん、見逃すの。いつですかってあれだよ、二月の三連休明け。怪我してくるやつはたまにいるけどさ、耳取れた上に何事もなかったような顔されてたら困るもの。
また取れっぱなしならともかく次の日何事もなかったように付いてたからね、駄目だよ。人の耳ってそんなに取れたりついたりするもんじゃないだろ。──そりゃあさ、あるかもしんないよ義足みたいなやつ。世の中に耳取れた人だっているだろうし、俺が知らないだけでないとは言い切れないもの。俺の知らないことなんか山のようにあるよ。それは知ってるよ。
でもさ、笠原って眼鏡だろ。アンダーリムの。
その耳がない日も普通に眼鏡だったからね。もう──物理法則が分かんないじゃんそんなの。無理でしょ、構造的に。人間には。眼鏡にも。
つまりさ、そういうことなんだよ。
陰口とか悪口とかそういうのを通り越して、あいつ本当に人間かっていうか、何っていうか、そういうところから困るやつなんだよ。
あ、だよね。君もそう思うか。
笠原としてはさ、隠そうとしてる感が一応、あるんだよな。
意図とか目的とか、そういうのは一旦置いといてさ。普通の人間をやろう、みたいな感じはするんだよな。その割に詰めが甘いってのはあるけど、そうやってボロ出してまで人っぽい感じで勤務してるわけだろ。人間じゃないんなら、そもそも会社なんて勤める必要とかないはずじゃん。そういう連中には会社も仕事も何にもないって歌でも言ってたしな。
それがこう、真面目に無遅刻皆勤残業アリで頑張ってるわけだからさ。ちょっと訛ってるとか知らない単語が出てくるとか首の継ぎが適当とか、そういうのは……あれだ、誤差ぐらいでいいんじゃないかなって思うよ。俺だってさ、ある種似たもの同士なわけだし──いや、俺は首が取れたりはしないけども。大枠でね、根っこのところがやっぱりちょっとは違うかもしれないから。
とりあえずね、皆気づいてないんならそれでいいかっていうか、あいつが人間でもなんでも問題はないんだよな、仕事できてるし。
だからまあ、そんだけの話でさ。つきつめて俺が陰口言ってるってだけ、ってのが一番平和な落としどころだと思う。そうだろ?
じゃあ、そろそろ戻るか。ここで一旦顔出しておけば、また適当なあたりで抜けても目立たないし。時間的にもそろそろお開きだろうから、二次会行くとか馬鹿なこと言い出すやつらを躱しておけば今日のお仕事も全部終わりだ。
しかしあれだろ、こんな話聞いたら、君も笠原のこと気になるだろ。俺と違って同期なんだから、その気になったらもっと色々気づけるんじゃないか。そうしたら、俺の言ってたことが──まあ、どっちでもいいんだけどね。証明したところでいいこともないし、そもそも隠そうと頑張ってることを無理くり暴くのも、人間的にどうかって思うしな。いやまあ、全部憶測なんだけどね。
すっきりしない話ってのは、まあね。だから俺は最初に言っただろ、陰口だか何だかよく分かんない話だって。抱えて一緒にモヤついてくれるのもいいけど、飲んで忘れるのが一番いいと俺は思うけどね。
この場限りの雑談、内緒話ってことでね。
はみ出し物の孤独な労働 目々 @meme2mason
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます