【KAC20246】いただきます
🔨大木 げん
いただきます
今回は大木家実家でナチュラルに
父と母がどうやったら赤ちゃんが産まれるのか?を見せてくれました。・・・という話ではもちろんありません。
小学校で行われる事も有るという、『食べる』という事について深く考えるための『命の授業』です。
あれはそう、私が10才頃の事でした。
1990年頃になります。
私の実家は地方の田舎の町です。秋になると、盛大にお祭りがあって、神社の境内にたくさんの屋台が並びます。そこで今考えるともの凄い遊びをやらせてくれました。もちろん有料ですよ。『ひよこ釣り』です。
『ひよこ釣り』ですよ。皆さん。
やった事ありますか?
手のひらに乗るサイズで、ふわふわの羽毛をしててピーピー鳴く、とてもとても可愛い黄色い生き物です。
それが『ひよこ』です。
釣ったひよこは持ち帰り自由です。
当然、持ち帰りました。お前達はもうウチのコだ!とばかりに2羽抱きかかえて、急いで家に帰りました。
それを見た弟が自分も!と神社までかけていってもう1羽お持ち帰りしてきました。
それを見た父が言いました。
「あちゃ〜。そんなにひよこを買ってきて! ちゃんと自分達で面倒をみるんだぞ、大変だぞひよこの世話は」
「うん! ちゃんと自分でお世話をするよ!」
「よし、それなら飼っても良いだろう。もう戻せないしな。どうせオスだろうから、1年くらい育てたらちゃんと
自分の手のひらの上のひよこと、父の顔を何度も交互に見た後、私はしっかりと頷きました。
私の父は残酷だと思いましたか?
一応父の為に弁明を。
父世代(いわゆる団塊の世代)の子供の頃は、日本は貧しく、盆と正月位しか肉を食べていませんでした。それも庭で育てた鶏をつぶして食べる。それができる家庭は恵まれている方だったとのこと。庭の鶏が唯一のご馳走だったのです。
加えて父の実家では養鶏業も営んでいたので、なおさら[ひよこを育てる=オスなら1年後くらいに食べる]の方程式が成り立っていました。
そばでひよこを飼う話を聞いていた母も食べるのが当然だと頷いておりました。
こんな話の後でなんですけど、ひよこ、めちゃくちゃ可愛いんですよ。1日中見ていても飽きない可愛さがありましたね。
私の実家の方には『マクドナ○ド』や『ケンタ○キー』などは出店していなかった為、憧れを込めて、『ケンタ』『フライド』『チキン』と3羽のひよこに名前を付けました。
その可愛らしいひよこも、ひと月位でみるみる内に大きくなります。鶏になって見た目の可愛さは無くなりましたが、ちゃんと大事にして可愛がりました。
普段は、自作の鶏小屋に入れていましたが、私が学校から帰ってくると庭(兼業ですが農家だったため庭は広かった)に放して餌を上げたり追いかけ回したりして遊んでいました。
鶏は飛べない鳥だといいますが、庭に放つと1メートル位は羽ばたきながらジャンプします。ですから1メートルの台の上に飛び乗ったあと、更にそこからジャンプする事で1.8メートルの塀を乗り越えることも出来ていました。
その塀の向こう側には犬がいるというのに!
なんて命知らずな鶏!
そういった楽しい鶏との生活にも遂にその日がやってきました。
土曜日の夜、父が家族に告げました。
「明日の朝一番で鶏をしめるからね」
父はスーパ〜な人だったので魚はおろか、鶏や豚サイズくらいの四脚動物なら自分で解体できます。今思えば凄い特殊技能!
翌朝
「今からやるよ」
父がわざわざその時を教えに来てくれましたが、私は寝たフリをして頭から布団を被ってやり過ごしました。
最後にケンタ達に会ってあげたほうが良かったのか?
それは今でもわかりませんが、私にはとても見届ける事は出来ませんでした。
私に強制する事なく、父が1人で鶏の解体を済ませてくれたことに感謝しています。
夕食に鶏をお酢で
命に感謝してすべてをいただきました。
もう、かわいいケンタ達には二度と会えません。『トリあえず』ですが、内省してみればいつでも『トリあえる』事になります。私の中にトリこんでいますからね。
皆さん、お残しはあきまへんで!
【KAC20246】いただきます 🔨大木 げん @okigen
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