百合男子とリアエズ 〜とりあえず、推しの双子百合姉妹を守りますか〜

緋色 刹那

👭🦜 🕴️

 休日の動物園。

 リアとエズは仲良く手をつなぎ、ゲートをくぐった。


「動物園楽しみだね、エズ!」


「そうだね、リア。早くエクスくんに会いたいな」


 二人のお目当ては、ふれあい広場の人気者・インコのエクスくん。おしゃべりや芸が得意な、天才インコだ。

 が、伊井中いいなかは二人にエクスくんを会わせるわけにはいかなかった。


(リアエズの間に挟まろうとする不届きものは、誰であろうと許さない。たとえ、それがオスのインコだったとしても……!)


 ◯


 伊井中は双子の百合姉妹・二鳥にとりリアと二鳥エズを推す、百合男子である。

 二人は姉妹でありながら恋人でもある。伊井中はそれを知る、数少ない人物だ。

 二人が幸せでいることが、伊井中の幸せ……なのだが、二人とも美少女なせいで、その間に挟まろうとする不届きものが後を絶たない。

 インコのエクスくんも、そのうちの一だった。

 エクスくんは美人好きで、相手がカップルだろうが夫婦だろうが、強引に間に挟まろうとする。反対に、男は大嫌いで、怪我までさせていた。

 エクスくんのせいで別れた男女は数知れず、一部では「リア充爆発させ鳥」などと呼ばれている。飼育員にも自覚があるのか、エクスくんのフルネームは「エクス・プロージョン(=爆発)」らしい。


「女子どうしならセーフでは?」


 と考えた伊井中は、前日にエクスくんのもとを訪れ、リアエズの写真を見せた。


「キェーッ! キャワユーイッ!」


「こらっ! やめろ!」


 途端、エクスくんは異様に興奮し、二人の間をクチバシで真っ二つに引き裂いてしまった。

 その瞬間、エクスくんは伊井中の「敵」となった。本当に二人の仲を引き裂かせるわけにはいかない。


 ◯


 伊井中はリアとエズがふれあい広場にたどり着けないよう、園内にさまざまな細工を仕掛けた。


「あれ? ふれあい広場ってこっちじゃないの?」


「変ねぇ。矢印のとおりに進んだのに」


「パフェ食べ放題だって、エズ! 寄って行かない?!」


「だーめ。お弁当食べれなくなるよ……でも、一個だけならいっか!」


「ペンギンが渋滞してる!」


「向こうはアルパカが脱走?! 仕方ない、来た道を戻るしか……って、いつのまにかカピバラのもぐもぐタイムが始まってるんだけど?! くッ、完全に囲まれた!」


 二人は迷いに迷い……あっという間に、閉園時間になった。


「エクスくん、会えなかったね」


「うん……」


 リアとエズは残念そうにトボトボとゲートへ向かう。

 二人の心情を表すかのように、夕日が動物園を寂しく照らしていた。


(ごめんな、二人とも。あきらめて帰ってくれ)


 伊井中の祈りは、


「ふれあう時間はないけど、見るだけ見に行こっか」


「うん」


(なんですと?!)


 ……推しには届かなかった。

 リアとエズはくるっとゲートに背を向け、来た道を戻る。今度は絶対に迷わないよう、係員に案内してもらっていた。


(マズいマズいマズい! もう帰ると思って、何も仕込んでなかった!)


 伊井中が何もできないまま、二人はふれあい広場にたどり着いてしまった。


「なんか、あっさり着いたね」


「ね。何であんなに迷ってたんだろ?」


「キェーッ!」


「あっ! エクスくんだ!」


 突如現れた美人双子姉妹に、エクスくんのテンションがマックスになる。

 強引にリードを引きちぎり、止まり木から飛び立つと、二人に襲いかかった。


「きゃあッ!」


「エクスくんまで脱走した?!」


 リアとエズは驚きと恐怖で動けない。

 飼育員が慌ててエクスくんを追いかけるが、間に合いそうもない。


(とりあえず……とりあえず、リアエズを守らねば!)


 伊井中はとっさに二人の前に立つと、向かってきたエクスくんを素手でつかんだ。


「キェッ! キェーッ! ジャマスンジャネーヨ!」


 当然、エクスくんは激しく羽ばたき、伊井中を威嚇したが、


「黙れ。二人の間に挟まろうとするな」


「キ、キェ……ッ」


 伊井中の殺気に負け、固まってしまった。

 少し遅れて、飼育員が到着する。


「大丈夫ですか?! よく素手で捕まえましたね?!」


「はい。弱っているみたいなので、ケージに戻してあげてください」


「ほ……本当だ。女の子がいるのに、全然動かない。まるでライオンに睨まれたみたいだ」


「やだなー。ライオンがこんなとこにいるわけないじゃないですかー(棒)」


 エクスくんは固まったまま、飼育員に連れて行かれた。


 ◯


(やれやれ。これでミッションコンプリートだな)


「あの、」


「え?」


 振り返ると、リアとエズがキラキラした目で、伊井中を見上げていた。


「伊井中くん、だよね? となりのクラスの」


「な、ななな何で名前?」


「覚えるに決まってんじゃん! 学校でも、よく助けてもらってるし!」


「今日もありがとう。また助けてもらっちゃったね」


「いやいやいや、俺は人として当然のことをしただけだから! 顔とか名前とか覚えなくていいから!」


 謙遜ではない、本心だ。むしろ、

 しかし、二人は伊井中をベタ褒めし続けた。


「ホント、伊井中くんって頼りになるよね!」


「うん! なんか、お兄ちゃんみたい!」


「……お兄ちゃん?」


 伊井中はハッとする。


「二人って、お兄ちゃんいるの?」


 真剣にたずねる伊井中に、リアとエズはそろって首を横に振った。


「ううん。お兄ちゃんがいたらって、想像しただけ」


「伊井中くんみたいなお兄ちゃんだったら、いつでも大歓迎なんだけどね!」


「そ、そっか」


(……思い出したわけじゃないのか。そりゃそうだよな。俺だって、父さんに教えられるまで知らなかったんだし)


 ふと、自分の置かれた状況を俯瞰する。

 リアエズのデートを中断させている高校生男子(ボッチ)の図を思い浮かべ、慌てて二人に別れを告げた。


「じゃ、俺はそろそろ行くよ」


「うん! また学校でね!」


「ばいばい!」


 リアとエズは笑顔で手を振る。

 伊井中も気恥ずかしそうに振り返した。


(キェーッ! リアエズたん、キャワユーイ!)


 が、心の中はエクスくんだった。


 ◯


 伊井中はゲートへ向かうフリをしつつ、リアとエズの見守りに戻る。決して、ストーカーではない。

 二人は今度こそゲートをくぐり、動物園を後にした。


(……危ない、危ない。危うく、俺が二人の間に挟まるところだった。も隠さないといけないし、接触は最小限に留めないとな)


 リアとエズは知らない。二人にとって、伊井中は生き別れのだということを。

 三人は三つ子だった。

 物心つく前に両親が離婚し、伊井中は父親に、リアとエズは母親に引き取られた。伊井中がそのことを知ったのは、たまたまリアとエズと同じ高校に入学し、しばらく経ってからである。

 その頃には、すでにリアエズにハマり、彼女達の間に挟まろうとする不届きものを数人シメていた。


「推してもいいが、絶対に本人達に知られるなよ? 二人の兄ということもだ。俺達は二鳥家への接近禁止命令が出ているからな。近づいたら、俺が母さんに叱られる」


「いったい何やったんだよ、父さん……」


 父には止められたが、兄だと分かった以上、俄然「二人を守らねば」と思った。

 二人を守れるのは、リアエズのオタクであり兄である自分しかいない、と。


(リアエズの間に挟まろうとする不届きものは、誰であろうと許さない。とりあえず……排除する!)



〈了〉

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