エージェント藤畳彰久

たたみや

第1話

「とりあえず、一人暮らしの金曜晩と言えばラーメンだよな!」

「藤畳さんありがとうございます」

 とある建設会社で従業員をやっている藤畳彰久とうじょうあきひさは、最近転職してきた町田駿まちだしゅんを労うべくラーメン屋に向かっていた。

「今日は本当にありがとうございます! 僕二郎系ラーメン初めてなんすよ」

「おお、じゃあ堪能してくれ」

「それにしても、“ちょい悪なラーメンが食べたい君たちへ”『二郎らも』って初めて聞くんですけど、どんなお店なんですか?」

「ぶっちゃけよく分からん。俺はここのラーメンが好きだから行ってるだけで」

 ブルーカラーの男二人が腹を空かせて行くお店、そして二郎系とくればガッツリ系なのは間違いない。


「おっ、着きましたね」

 駿が店を見つけて嬉しそうにしている。

 駿は年甲斐もなくはしゃいでいるのだが、喜んでくれているので彰久は良しとしていた。

「す、すごい」

「ここって二郎系としては珍しく、座敷があるんだよなあ」

 店員に案内され、二人は座敷へと向かって行った。


「まあでも良かったよ」

「何がですか?」

「駿がこうして仕事になじんでくれてさ。業界がそうだからってのもあるんだけど、人が入っても中々定着しなくてさ」

「ああ、そういうことですか」

「やっぱ、3Kってのが良くないんだろうな」

「彼女がヤンキー、彼女がブサイク、彼女がそもそも出来ないの3Kですよね」

「ド偏見だなぁ、おい!」

「実際どうなんですか?」

「あながち間違っていないと言えるのが何とも……」

 駿の偏見にまみれた意見に反論しようとするも、彰久は今一ついい答えが出せなかった。


「3Kと言えば意見は分かれるかもしれないが、きつい、汚い、危険の3つだな」

「ですよねー。でも、前の会社より今の方が居心地がいいです」

「駿って前は営業やってたんだよな?」

「そうですよ、それはもうブラックで。スーツは絶対黒でしたし」

「そりゃスーツは黒だろ普通!」

「それがですね、ネイビー、グレー、柄もののスーツは着るの禁止されてましてね」

「変なところにこだわりがあるとこって妙にめんどくさいよな。会社規定もいる人間も」

「そうなんです、後は残業がとにかくきつかったですね。終電逃して何度会社に泊まったことやら」

 彰久と駿は世間話や身の上話に花を咲かせていた。


「話は変わるけど、この業界だと中々可愛い女の子に会えないよなあ」

「ですねー」

「駿は営業してたら受付で可愛い女の子に会わなかったのか?」

「製造業向けの訪問営業だったんで、全然会ってないですね」

「そりゃあ残念。俺も仕事でお客さんのところの事務所に行くことがあるけどさ、そういう時に受付の子に会うくらいなんだよな。この前なんか……」

「可愛い子見つかったんですか?」

「北朝鮮のアナウンサーみたいなのが出てきた」

「うげぇ、地獄……」

 彰久と駿の下らない話がしばらく続いていた。


 そうこうしているうちに店員さんが注文を取りに来た。

「ラーメン大、ニンニクヤサイアブラカラメ」

 彰久が堂々と注文を入れる。

 食べ慣れているからか、量が多い。

「モトウケセコカンシタウケシタウケセコカンマゴウケテイヘン!」

「対抗しなくていいよ! それにラーメン屋さんが施工体制の話聞いても分かんねえから。あと俺たちのこと底辺って言うのはやめろぉ。悲しくなるから」

「うす」

「駿も頼めよ」

「え、えーと、ラーメン小、ニンニクアブラ」

 申し訳なさそうな声で駿がラーメンを注文する。


「ひよった?」

「人生初めての二郎なんで、こんなもんっすよ」

「そりゃそうか」

 彰久と駿は注文を終えてから、ひたすらラーメンが来るのを待ち続けていた。

 そして、注文が届いてからは二人とも夢中になってラーメンをすすっていた。

 随分腹が減っていたのか、食べ終わるまでそうも時間がかからなかった。



「藤畳さん、めっちゃ美味しかったですね」

「そうなんだよ、今度は池袋の本店行こうぜ!」

「いいっすね」

「今度はすっと言えねえとな、注文」

「モトウケセコカンシタウケシタウケセコカンマゴウケテイヘン!」

「それはもういいよ!」

 こうして二人の夜は過ぎ去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エージェント藤畳彰久 たたみや @tatamiya77

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ