宛先は正確に

かなぶん

宛先は正確に

 吾が輩は小鳥型魔法生物である。

 名は持たない。好きに呼ぶと言い。

 希代の魔女イルシャが、目的もなく創造した魔法生物であり、当初は今よりも大きな鳥型魔法生物であった。

 空に透き通る身体に色とりどりの飾り羽。

 丸い瞳は紫水晶。

 嘴と足は身体を通る色を濃くした硬質。

 それはそれは美しかった――らしい。

 正直、魔法生物である吾が輩には、あるじやその他の美意識はさっぱりである。

 ただ、美しくて目立つ姿であったため、このままでは厄介事を招きやすいとのことで、小さくされたのは知っている。

 どうせなら、ただ小さくするのではなく、別の姿にでも変えられれば良かったのだが、吾が輩は純粋な魔力でできており、希代の魔女の技巧を持ってしても小さくするのが関の山だったらしい。まあ、一度姿を解いて造り変えるのも可能なのだが、主は吾が輩の現在の気性をお気に召しているそうで、無闇に手を加えたくないというのが本音だそうだが。

 さておき。

 そんなわけで、吾が輩は小鳥型魔法生物として存在しているのだが、先にも述べた通り、主が吾が輩を創造した理由は特にない。

 特にないので、吾が輩は日がな一日を凡庸に過ごしているわけだ。

 主の命があれば、一国を焦土と化すことも可能な魔力を無駄に抱えたまま、主の周りを飛んだり跳ねたり、それはもう、愛玩動物のような見た目にはぴったりの動きを日々、造られた時の主の思いさながらに、目的もなく繰り返している。

 不満はない。

 種別として「生物」とはつくものの、おおよその生物が持ち得る欲とは縁遠い。

 あるじに「動きが目障りだ」と言われれば部屋を辞すだけだし、「来い」と言われればその手に舞い降りるだけだ。

 そうそう、こうして思考できる吾が輩は、声を発することもできる。

 主やその他の種族と会話することも問題ない。

 しかも驚くことなかれ、吾が輩の声帯は主と同じ音を発せられるのだ。

 とても素晴らしいことであろう?

 ……ただ一つ問題なのは、どうも吾が輩の発声器官の形状には先天的な欠陥があるらしく、何故か語尾に「ピ」や「ピヨ」がついてしまうのだ。

 この欠陥のため、吾が輩が一度語りを披露すると、主の不名誉に繋がりかねず、余程のことがない限りは喋らぬよう、主より命ぜられている。

 実に残念ではあるが、仕方あるまい。

 吾が輩が優先すべきは我が主の命なのだから。



「おーい、とりー」

 その日もいつものように過ごしていた吾が輩は、主の呼びかけに応じ、述べられた指にそっと降り立った。

 伺うように首を傾げたなら、止まり木に移され、足に何かが縛りつけられた。

 筒……手紙か?

 小さな足よりも太い筒。

 見た目通りの小鳥であったなら、それだけで飛べなくなりそうだが、魔法生物である吾が輩にはこの程度の重さは苦にもならない。いや、数倍大きかろうが重かろうが、吾が輩の動きを制限するものではない。

 ――という能力自慢はこれくらいにして。

「これを……ある人、いや、ヤツに届けて欲しい」

 ロウソクの明かりの中、ほんのり頬を赤くした主に吾が輩は首を傾げた。

 主の命は当然達せられるが、その赤みは熱があるのではないか。

 魔法生物には計り知れない症状を見て取り、少しばかり吾が輩が躊躇したなら、主が突然、止まり木が設置されている机を叩いた。

「いっっった!」

 しかし、それで痛いのは主のみ。

 痛覚も知識としてしか知らない吾が輩としては、ますます心配になるのだが、キッと睨みつけた主は更に顔を赤くして「うるさい!」と言う。

 なるほど? 首を傾げる時に音が鳴ってしまったらしい。

 吾が輩の主は時に繊細だ。

 弛んでいたと思われる背筋を正す。

 と、鼻を鳴らした主が改めて命じられた。

「今ヤツはこの宿に滞在している。いいか? 絶対に、誰にも見つからずに届けろ。もちろん、ヤツ自身にきっちり渡すんだ。これだけ置いていくのはなしだ。そして確実に、今夜中に届けること。持って帰って次の日はもってのほかだぞ。さもなくば」

 一呼吸置き、主が両手の握りこぶしを突き出した。

 こ、この動作は……。

 思い起こした記憶に震えたなら、ニヤッと笑った主が握りこぶしを別々に捻る。

 やはり――雑巾絞り。

 姿通りの小鳥であれば、バッキバキに骨折して死ぬだろう罰を示され、戦慄する。

 いや、この程度のことで魔法生物は死なない。壊れもしない。

 だがしかし、魔法生物であっても元の形を歪まされるのは、こう、比して伝わるような感覚を持ち合わせていないため、詳細に表現はできないのだが、とにかく、不快なのだ。

 最初にあの憂き目に遭ったのはいつの頃だったか――と考える間も惜しい吾が輩は、嘴を上下に細かく動かす。

 主はこれを笑うと、件の「ヤツ」の似顔絵を認めて吾が輩を外へ送り出した。


 ――で。


 結果を言えば、吾が輩は失敗した。

 道中で誰かに――獣や魔物にさえ見つかることはなかったし、示された宿は間違えなかったし、相手にもきちんと渡せた。

 ただ……一つ言えることは、吾が輩の主の絵の腕前は……その、なんというか、魔法生物な吾が輩が言うのもなんなのだが、それはもう……独特であった。いやしかし、吾が輩という前例があるため、たぶん、立体物、彫像なら得意なのだ。事平面の絵になると勝手が違う、きっと、そう。そうに違いない。

 黒い円形の上に黒い毛が三本、黒い点が三つ。

 胴体と思しき楕円に装飾はなく、足と腕は棒。

 何故か手の指だけは五本、細長く――……。

 吾が輩は、この絵を見て誤認してしまったのだ。

 つまり相手は指が鋭く長いのだと。

 そして「ヤツ」という表現に引きずられて、同じ宿に泊まる、主が全く想定していなかった「ヤツ」に、託された手紙を渡してしまった。

 希代の魔女をしてとんでもなく面倒臭い相手――魔王に。

 なんだって世を脅かす魔王があの宿にいたのかは知らないが、たぶん、主の本当の送り先であった人間の男――が護衛している、勇者の動向を探っていたのだろう。

 暇らしいからな、彼の魔王は。

 それでそれで、だ。

 吾が輩、魔法生物だからさっぱり分からなかったのだが、どうやら主が送ったのは恋情を綴った手紙、いわゆる恋文らしく……。

 でもって魔王は希代の魔女を前から狙っていたようで……。

 …………。

 そんなわけで、主は現在、魔王の猛追から逃げ回っている真っ最中。

 吾が輩はと言えば、主が逃げるのに必死なため、雑巾絞りの憂き目にこそ遭わずに済んだものの、これまでの閑職暮らしから一転、勇者のサポート役の命を仰せつかっていた。

 なんでも良いからとっとと勇者を育て上げて、この色ボケロリコンクソジジイを始末できる逸材にしろ、と。

 この身の魔力を以ってしても、一時的に倒れるだけで死なない魔王は厄介だ。

 唯一息の根を止められる勇者の育ち具合も、今のところひよっこ以下。

 嗚呼、吾が輩が主の想い人に会えなかったばかりに、こんなことに。

 そんなこんなで吾が輩は、主を逃亡生活から解放すべく、勇者の前に降り立つ。

 なんでも良いと言われてもいたので、とりあえず、

「若き勇者よ、我が主がため、お前の魔王討伐に力を貸してやろう……ピッ」

「ピ?」

「その声……どこか聞き憶えが」

 当初は動揺する勇者たちだったが、小鳥の姿と主由来の可憐な声には警戒を高めきれなかったらしく、以降、吾が輩は勇者一行の助言役として活躍することになる。

 だが、それはまた別の話。

 想い人の前で、散々「ピ」「ピヨ」と喋っていたのを逃げ果せた主に咎められ、力一杯雑巾絞りの刑に処されるのも――また別の、未来の話である。

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