唯一無二の旅のとも

柚城佳歩

唯一無二の旅のとも

この星には千を超える国がある。

一生のうちにその全ての国々を訪れたという人は、歴史を振り返ってもそうそういない。

でも僕は全ての国に行ってみたい。

だから一年前、自作のバイクで旅に出た。




カーン、カーン、カーン……

昼時を知らせる鐘が村中に響き渡る。

今いる国は緑が多く、時間の流れがゆったりと感じられる。先月までいた国の高層ビルが立ち並ぶ風景とは対照的だ。


村の人たちも気さくで良い人ばかりで、二週間ほど寝泊まり出来る場所を探していると伝えたら、一人の男性が今は使っていないという作業小屋を提供してくれた。

小屋の持ち主であるオールディンさんは、「滞在する間、掃除さえしてくれればお金はいらない」と言ってくれたけれど、まさか本当にタダで泊めてもらうわけにはいかない。

そこで宿代の代わりに壊れた機器の修理や、畑や動物たちの世話を出来る範囲で手伝う事にした。


「おーい、コルド!そっちはどうだ?」

「大体終わりました!あんな感じで合ってますか?」

「うん、バッチリだ!しかし本当に器用なもんだなぁ。昨日も壊れたと思ってた掃除機を直しちまったんだからな」

「機械をいじったりするのが昔から好きなだけですよ。喜んでもらえたなら良かったです」


ここへ来て一週間。

毎日何かしらの作業を手伝っているうち、ご近所さんとも仲良くなった。

この辺り一帯は、農業従事者が多く住んでいるらしい。

今はちょうど国特産のリンゴに似た果物の収穫期らしく、僕みたいな素人でも重宝されている。


今日は本当は観光がてらバイクでツーリングに行こうかと思っていた。でも朝になって大型台風接近のニュースが流れてきたのだ。

本格的に上陸するのは明後日だと言っていたけれど、すでに風は強く、空も雨混じりの曇り空になっている。

まだ少し先の海面上にいるという台風は、そんな距離からでもその強さを窺える。

そのために朝からご近所さん総出で家や畑の補強や収穫など、可能な限りの台風対策に追われる事となった。


午後になるに連れ、いよいよ雨風が強くなってきた。オールディンさんのご厚意で、今夜は作業小屋ではなく自宅の方へ泊めてもらう事になったけれど、轟々と唸るような風の音が夜の間中鳴り続いていて、家が吹っ飛びやしないかと結構本気で心配になったりした。




台風は一夜のうちに通り過ぎたらしい。

前日の悪天候が嘘だったみたいに朝から晴れている。

僕が一番に様子を見に行ったのは、寝泊まりに使わせてもらっている作業小屋だ。

中に置いているバイクの無事を一刻も早く確かめたかった。


「屋根が飛んでる……!」


中に入るまでもなく、屋根の一部が剥がれているのがわかる。まぁわりと簡素な作りだから、逆にあの強風で全部飛んでいかなかったのはすごいのかもしれない。


室内は凄まじい状態になっていた。

天井に空いた穴から、どこかから飛ばされてきたらしいバケツや木の枝、誰かの洗濯物までもがあちこちに散乱している。

幸いバイクは屋根が剥がれたのとは反対側の壁際に置いていたため無事だったようだ。


いろいろなものが散乱する中、あるものに目を引かれた。

三十センチくらいあるだろうか。見た事のない模様の大きな卵らしき物体が、様々な飛来物に紛れて落ちている。


「これって卵、だよね……?」


見れば見るほど卵にしか思えない。

一体どこから飛んできたんだろう。

でもこんな大きな卵を生む生き物を僕は知らない。

興味半分、怖さ半分で見ていると、ふいにその卵がごろごろと動き出した。


「え、これ生きてるの!」


もしかしなくても孵化間近な卵なんじゃないか。

だとしたら早く親の元へ返してあげなければ!

でも何の卵かもわからないのにどうやって親を探す?というかそもそもまだこの近くにいるのか?近くにいたとして、どうやって渡せばいい?

わたわたしている間にも表面に罅が入り、徐々に亀裂が大きくなっていく。


「わわわわ、どうしよう、だ、誰かぁー!……あ」


殻が二つに割れて中から小さな生き物が出てきた。

生まれたばかりの鳥の雛を見た事はないけれど、これはたぶん、いや絶対に鳥じゃない。

だって体表が鱗に覆われた鳥なんて聞いた事がないから。

長く伸びた尻尾、生まれたてだというのに鋭そうな爪、背中から生えた翼。これはまるで、絵本で見た……


「……ドラゴンだ」


僕の声に反応したのか、その小さな生き物が顔を上げる。プゥプゥと呼吸とも鳴き声ともつかない音を出して、縋れるものを探しているように思えた。

そっと手を伸ばしてみる。

指先が鼻に触れた瞬間、閉じていた目がゆっくりと開き、真っ直ぐに目が合った。

可愛い。こんな小さな生き物、放っておけるわけがない。この子の親は絶対探す。探すけども。


「えーと、取りあえず僕と一緒に来る?」




その後はちょっとした騒ぎになった。

この世界には多種多様な生き物がいるけれど、ドラゴンなんて今や物語の中だけの生き物。

大昔には存在していた事が確認されていたけれど、長い間誰一人としてその姿を見た人がいなかったから、もうとっくに絶滅したと思われていたのだ。


どこから聞き付けたのかマスコミは押し寄せるし、どこぞの研究機関のお偉いさんまでやって来て、うちで引き取らせてほしいなんて言われたりもしたけれど、そういうものはキッパリとお断りした。

というより、親と思われたのかドラゴンの赤ちゃんが僕から離れたがらなかったので、物理的に無理だと向こうから諦めてくれたのだった。

だから必然的に僕が育てる事になったのだけれど、親代わりとして一時的に預かるにしても生態全てが謎だから、育て方は模索するしかなかった。


名前がないと不便という事で、ドラゴンの赤ちゃんにはプゥと名付けた。

理由は鳴き声がプゥと聞こえるから。

……ネーミングセンスのない親代わりでごめん。

でもシンプルで可愛いと思っている。




暫くの間はプゥの世話に掛り切りになり、少し余裕が出来てからは台風で壊れた部分の修理や畑の手伝いをしたりで、当初の滞在予定の二週間を大幅に過ぎて二ヵ月が経っていた。

親らしきドラゴンが現れる様子は一向になく、その間にもプゥはどんどん成長していった。


「そろそろ旅に戻りたいんだけど……」


ちらりとプゥを見る。

生まれたばかりの時は腕に抱えられるほど小さかったのに、今はその倍以上の大きさになっていた。


僕には全ての国を回るという夢がある。

だから旅に出たのだ。

一つの国にこんなに長く滞在したのは久しぶりで、そろそろ次の国へ行こうと思っていた。


「プゥはどうする?」

「プゥ」


僕が問い掛けると、プゥが体を擦り寄せてきた。

この二ヵ月で思った事だけれど、どうやらプゥは僕の言葉を理解しているようなのだ。


「じゃあ一緒に行こうか」


旅を続けるため、それとプゥの親を探すため。

バイクには旅の荷物とたくさんの野菜。これはオールディンさんが持たせてくれたものだ。

取りあえず、で拾った雛は成長して心強い旅の仲間になった。


「よーし行くぞ!次は海が綺麗なところに行こうか!」

「プゥ!」


いつかプゥの親が見付かって、お別れの時が来るかもしれない。

でもそれまではちょっと変わった二人旅を楽しく続けよう。








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