後編

 物入れの扉を開けた覚えはない。

 瞬時に天童てんどうは庭にいた。日の光。花の香り。


 転送された、と理解した。天童が、この時代に来たのも、そうだったから。

 しかし、これは天童側の装置ではない。

 冷汗が、天童の背中をつたう。


「——ボクの花園へようこそ」

 気配もなく、天童は誰かに、うしろに立たれていた。天童ともあろうものが。

 ほおを甘い香りが、さわっとなぜた。


 飛びのいて、振り向く。


「驚かせちゃったかなぁ」

 男子が、やわらかなイエローにピンクがさした花弁の薔薇を一輪、手にして立っていた。さっき、天童のほおをなぜたのは、この薔薇か。

「シュペールバルクだよ。きれいに咲いたでしょ」


「……で、すね」

 天童は辺りの情報を得ることに必死になった。

 自分の丈より高い薔薇の木立。満開の薔薇園だ、ここは。

 学園に薔薇園なんてあったか。いや、転送装置を使えば、ここは学園でも同じ時間軸でもないかもしれない。


「なんか、見学したそうにしてたからさ。君」

 その男子からは、見た目以上の情報は今のところわからない。

 すっきりした金髪のスポーツ刈り。射るような蒼い目。着ているのは空手の道着。黒帯だ。


「これは、あげる」

 男子は、シュペールバルクという名らしい薔薇を天童に差し出した。


「……ありがとうございます」

 ここは、もう流されるしかない。相手の意図がわからぬうちは。


「君は妹を助けてくれたからね。これで、とりあえず、貸し借りなしってことさ」


「妹」

 あ、っと天童は察した。

茉奈まなの」


「——呼びすてにしてるんだ」

 男子の蒼い目が、いっそう冷ややかになった。

「おともだち、なんだ」

 声が低くなる。


「ボクは認めないからねっ」

 男子は、天童に薔薇を高速で投げつけた。


 それを天童は手のひらで、ぱしっと受ける。

「シスコン兄ちゃんかい!」


「ボクより! ピアノがうまい子じゃないと! 茉奈まなの彼氏だなんて認めないからねっ!」


「空手勝負じゃないんかい!」



 一陣の激しい風に、薔薇の花びらが舞い散った。

 それは戦いの予感、かもしれない。





            〈とりあえずトリあえず

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天童君には秘密がある 6〈KAC2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ