「離さないで」とは言ったが手を接着剤でくっつけろとは言ってない
志波 煌汰
※絶対に真似しないでください
……いや、確かに言ったよ?
「私のこと、離さないで」って。
だからってさ。
「握った手と手を接着剤でくっつけることは想定してないじゃん……」
どうすんの、これ。
頭を抱える私と対照的に、やらかしやがった張本人である葵はにこにこと能天気に微笑んでいる。
「これでもう離れることはないね♡」
「サイコパスの回答じゃん……」
「あ、接着強度が不満だった? やっぱり手術で外科的につなぎ合わせた方が良かったかなぁ?」
「サイコパスの回答じゃん……!」
けらけらけらと、葵は笑っている。笑いごとじゃなくない? これ。
「まあまあ、いいじゃん。今日は一日デートなんだから、ずっとくっついてるくらいでいいんだよ」
「流石に物理的にくっつくことはデートプランにないんだけど……」
私のぼやきを「まあまあ」で流しつつ、葵は手を引っ張ってくる。引っ張ってくるというか、葵が動くと引っ張られるんだけど。
「そんな深刻な顔しててもしょーがないよ、それより早く出かけよ!」
その朗らかな声に私は悩んでいることが馬鹿らしくなって。
言われた通り、デートを楽しむことにしたのだ。
何せ今日は、私たちが正式に恋人になってから初めてのデートなんだから。
私、青井華と人間の手に接着剤を塗るサイコパス女こと佐内葵はルームシェアをしている。
職業は小さな劇団員、兼フリーター。……というよりバイトの方が収入のメイン。
いつかは大きな舞台で! などと思いつつも、まだまだ駆け出しの女優二人、都内の家賃はあまりに高く。
大学時代からの腐れ縁である私たちが一緒に住むようになったのも、ごく自然な成り行きと言えよう。
そしてその生活の中でお互い同性が恋愛対象になりうる私たち――私はレズビアンで、葵はバイセクシャルという違いはあれど――が交際に至ったのも、ごく自然な成り行き……と言いたいところだけど。
実を言うと、全然自然な成り行きではなかった。
昨夜の話し合いがなければ、私たちは曖昧な関係に終始したまま、くっつくこともなかっただろう。
……いや、物理的にくっつくとは流石に思ってなかったけど。
そんな紆余曲折もありながらも、今日は恋人としての初デート。
初っ端からハプニングが、あまりにも大きなハプニングがあったけども、楽しまなくっちゃ!
◆◆◆
「楽しすぎる……」
超楽しかった。
お互いの手が接着剤でくっついていることすら全く気にならないほどに楽しかった。
……いや、全く気にならないというのは流石に嘘だ。
普通に不便ではあるし。
でも、その不便さすらも愛おしく思えるほどに――恋人とのデートは楽しかった。
内容は、今までのおでかけとそんなに変わらない。
色んなショップを巡って、映画を見て、カフェで甘いもの食べて休憩して。
そんな、極々ありふれた休日。
それが――恋人と一緒だというだけで、こんなに楽しいなんて!
良さげな服を見つけては手がくっついてるから試着出来ないじゃん! と笑ったり。
二人並んで銀幕のシーンに目を奪われながら、お互いの体温を感じたり。
カフェで感想を言いながら、片手がふさがっててパンケーキが食べづらいと文句言ったり。
そういう全部が――葵と一緒だから楽しかった。
「ね? 接着剤も悪くないでしょ~?」
「いや流石に接着剤はどうかと思うけど」
「ええ~?」
私のつれない返事に、葵は頬を膨らませる。それはそれ、これはこれだ。
「……でも、接着剤がなくてもずっと手を繋いでいたいと、思いはした」
率直な思いを言葉にすると、葵は顔を明るくする。
可愛い。こんなに色んな表情の彼女を見られるなんて。
こんなことならもっと早くから素直な気持ちを伝えておくんだった。
もっと素直に、話しておけばよかった。
カフェの店内モニタではニュース映像が流れている。
流れているのは「同性婚を禁止する規定は違憲という判決が出た」というニュースで、なんとなくタイムリーな気がした。
ぼんやりとモニタを眺めていると、同じように見ていた葵が「そのうち女の子同士でも結婚できるようになるのかな」と呟いた。
「そうなっていくと、いいね」
「もしその時が来たら、結婚してくれる?」
「いいよ、結婚しよ」
私がそういうと葵は目を丸くした。何その反応。
「今日の華ちゃん、なんかすごく素直。いつもならほにゃほにゃ言って誤魔化すのに」
「……もう告白しちゃったんだから、今更でしょ」
照れ隠しにコーヒーを啜る。
矛先を変えつつ、話題を継続。
「夫婦別姓の方も導入されないと、どっちの苗字にするか決めないといけないわね」
「あ、私苗字変わるのって割と憧れるかも」
「それだと青井葵になっちゃうけど?」
「うわ、めっちゃブルーじゃん」
それは流石にー、という葵。
「それなら私が佐内華になろうかしら」
私がそういうと、葵は「佐内華、佐内華……」と何度か呟き。
「華・佐内を……離さない!」
どや顔で、くだらないことを言い出した。
「……そりゃまあ、結婚するならそう簡単に離してもらったら困るけど」
「冷静にコメントするのやめてよー」
「っていうか何で姓名逆にしたのよ」
「これから世界の舞台に立つことを考えて、欧米風にね?」
「世界の舞台に立つなら日本語でしか通じないダジャレはやめて」
益体もない話をしながら、私は思いを馳せる。
本当に、葵は私を離さないでいてくれるだろうか。
葵は冒険が出来る子だ。
慎重さに擬態した臆病さを有り余るほどカバンに詰め込んでいる私と違って、懐に勇気さえあればどこへでも漕ぎ出していける。
それこそ、海の外にだって。
昨夜だって、私がああ言わなければ、きっと彼女は……。
「大丈夫だよ」
私の不安を見透かしたように、葵はくっついた手にやさしく力を込める。
「大丈夫。華ちゃんが、しっかり話してくれたから。『離さないで』って言ってくれたから。だからもう、離さないよ」
「……ん」
私も、握り返す。
ああもう、このままずっと手がくっついていたって構わない。
ずっとずっと、葵と離れずにいられたら――。
……そして私は、一人きりの部屋で目を覚ます。
「……」
寝ぼけ眼でアラームを止めながら、夢の内容を反芻する。
なんて未練がましい夢だろう。
何年も前のことを夢に見るなんて。
いや、正確には何年も前の夢ですらない。
あれは――『なかった』過去だ。
私と葵が付き合うことはなかった。
お互い、なんとなく好きあって居た気はするのだけど――結局曖昧な関係は曖昧なまま、なんとなく終わりを迎えた。
私が、曖昧なままにしてしまった。
「ブロードウェイ、行こうと思うんだよね」
葵はあの夜、私にそう告げた。
「貯金もそこそこ貯まったしさ。二十歳越えた女二人でいつまでもだらだらと同棲を続けるわけにも行かないでしょ」
恋人ってわけでもないんだからさ――と、葵は私の目をちらりと見て、言った。
その眼差しには、私の勘違いでなければ期待が含まれていたと思う。
私が引き留めてはくれないだろうかという期待。
あそこで一歩踏み出せていれば。
夢で見たように、「私のこと、離さないで」と言えていたら。
そうしたら、変わったのだろうか――。今でもそう思う。
その時の私は結局、曖昧に笑って「いいんじゃない?」と言うことしか出来なくて。
葵は目を伏せて「……そう」とだけ言って。
曖昧な二人の関係と同居は、そんな風に終わった。
朝のニュースを流しながら、私はバイトに向かう支度をする。
ついにこの国でも同性婚が可能になったとニュースキャスターが告げていた。
その朗報を喜び合う相手も、今の私にはいない。
私が自分の気持ちを話さないでいたせいで。
……もし何かが違っていたら、今頃は華・佐内でいられたのだろうか?
そんな後悔だけが重たく私の心に居座っている。
きっとこれからもこの後悔を放さないで、私は一人生きていくのだろう。
(了)
「離さないで」とは言ったが手を接着剤でくっつけろとは言ってない 志波 煌汰 @siva_quarter
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