はなさないで

喰寝丸太

第1話

 人々の怒号、熱狂、歓声、色々な感情の混じった声が張り上げられた。


「くそう、させさせ、さすんだ! 行け、行け! 今行かんでどうする!」


 決着が着いた。

 勝ったか。

 勝ったよな。


 周りでは紙片を宙にばら撒く光景がみられる。

 獣たちがゆっくりと会場を回る。


 ああ、頼む、勝ってくれよ。

 勝敗を示す掲示板にはまだ結果が出ない。


 こういうのは焦ってたら運が逃げるんだ。

 結果が出る間、コーヒーでも飲もう。


 自販機に硬貨を入れる。

 さて、何を飲むか。

 カフェオレ、微糖、ブラック。


 黒は負けを連想する。

 ここは牛乳たっぷりのカフェオレだろう。

 ボタンを押すと、ごとっと音がした。

 取り出し口から、取り出すと缶コーヒーの暖かさが感じられた。

 飲むか。


 いや、懐が温かいって意味で懐に入れよう。

 よし、これはもう勝ったな。

 絶対勝った。

 なんせ懐が温かいのだから。


「兄ちゃん、お金貸してくれないかな。帰る電車賃がないんだ」

「誰が貸すかよ」

「そうか。兄ちゃんは呪われたぞ」


 けったくそ悪い。

 ツキが逃げたような気がする。


 電光掲示板には審議中の文字がまだ出ているのが遠目に見えた。

 あれは何か。

 会場の一角がシートで覆われた。


 たぶん、シートの中では、骨折して助からない獣を殺している。

 それを見て泣いている奴がいる。

 関係者だろうか。

 嫌な物を見てしまった。


 見ているうちにコーヒーの暖かさが減ってしまった。

 運が逃げた気がする。

 何かしないと。


 だが、無情にも電光掲示板に結果が表示された。

 負けた。

 鼻差かよ。


 絶対に鼻差ないで、こんちくしょう。

 馬券を空高く放り投げる。

 勝てると思ったんだけどな。

 ここは競馬場。

 運命のルーレットが回る決闘の舞台。


 スクリーンにゴールの瞬間が映っている。

 いや絶対同着だ。

 鼻差ないで。


 くそう、缶コーヒーを取り出すと冷え切っていた。

 缶コーヒーを飲む。

 甘ったるい缶コーヒーは敗北の味がした。

 次は絶対に勝つ。

 あのおっちゃんには5円玉をやればよかった。

 今度からそうしよう。

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はなさないで 喰寝丸太 @455834

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