マインスイーパー

宮野優

マインスイーパー

 彼女が地雷を踏んだとき、足の感触と微かな音でそれに気づけたのは僥倖だった。気づかず歩き続けて足を上げていたら、周りの数人が爆発に巻き込まれたはずだ。

 事前に教えられていたとはいえ、実際にその状況に直面したとき咄嗟に足を上げずに地面を踏みしめたままでいられるかどうか。地雷を踏んだ経験はないので私でもできるとは言い切れない。

 先を歩いていた私にもその音は聞こえたから、彼女を刺激しないようゆっくり振り向いて言った。

「いいか、動くなよ。落ち着くんだ。足を上げなきゃ爆発しない。……とりあえずもう片方の足は下ろして大丈夫だから」

 歩く途中で片足立ちの状態で固まっていた彼女は、おそるおそる足を下ろして安定した姿勢になったが、今にも震え出して自身の意思とは無関係に地雷の上から足を離してしまいそうだった。少なくとも周りの避難が終わるまでは離さないでいてくれないと。

「このタイプの地雷は解除できる。でもシャベルが要る。幸い私たちが攻めるのは金鉱山だ。敵を皆殺しにしてシャベルを持って戻る。たいして時間はかからない。その間、しっかり地面を踏んでおくんだ。できるな?」

 現地の言葉でゆっくりはっきり話して聞かせる。

「わ、わかった。待ってる」

 彼女は三か月前に誘拐されてきた子で、実戦に出るのは今日が初めてだった。なるべく前に出さず後方で見学させるくらいのつもりでいたのだが。

 私は彼女に近づかずに目をこらしてその足下を見た。一度土を掘り返したのがこの距離からでも見て取れる。この新人、胆力はまあまあだが注意力が足りなかったようだ。

「よし、みんなそこから離れろ。慌てずに、地面をよく見て移動するんだ」

 予定どおりに先を目指す。一斉攻撃の時間に遅れてしまったら事だ。計画の狂いは即仲間の死に繋がる。少女兵を指揮する立場として私は彼女らの命に責任がある。それになるべく早くあの子のところに戻ってやりたい。



 戦闘は早々に片が付いた。予想以上に奇襲が成功し、手痛い反撃もほとんど受けることなく金鉱山は制圧できた。男たちは二人ほど負傷者が出たようだが、少女隊の戦闘での死傷者はゼロだった。

「レッド、あったよシャベル」

 一息つく私に〈猛牛〉がシャベルを投げて寄越した。古株の彼女はこれから私がやることを察しているのか、沈痛な面持ちだった。

「それじゃああの子のとこに戻るよ」

 地雷には警戒する必要があったが、私一人なら来たときよりずっと早く戻れる。すぐに地雷を踏みしめているあの子が見えてきた。

「待たせたな。もう心配ない」

 シャベルを掲げて見せると、彼女の目には安堵のあまり涙が浮かんだ。

「地雷の横を掘って露出させれば解除は簡単なんだ。私は何度かやってる」

 彼女のそばに歩み寄り、地面を観察する。

「後ろの地面の方が掘りやすいな。ちゃんと体重がかかるように、振り返らずに前を向いてろよ」

 私は彼女の後ろに回り、屈み込んだ。

「地雷を踏んで無事に生き残った奴が出たら、お祝いに保管してる野戦食レーションの缶詰を開けるんだ。軍から奪ったやつで、イギリスの――私の故郷で作られたやつでね、あんたが食べたことないような美味しい料理が入ってるよ。楽しみだろ?」

「わたし、それよりもう生きて帰れるだけで……ありがとう、レッド」

 お礼を聞きながら、私は音もなく後ろに下がっていた。

 必要な距離を取ると、肩に下げたライフルを構え、彼女の後頭部目がけて二発撃ち込んだ。

 苦痛を感じる間もなく即死した彼女の身体が力を失い、倒れ始めると同時に地雷が起爆する。伏せていた私には爆風の影響はない。

 もっと遺体が散らばることも危惧していたが、両脚がいくつかに別れたくらいで後はまあ概ねきれいなものだった。

 私はシャベルを使って、爆発跡の近くの地面を掘り始める。いつもこんなふうに仲間を弔えるわけではないから、せめてやれるときはやってやりたかった。

 地雷を解除できるというのは嘘だ。たとえ解除方法があったとしても、少なくとも私たちの誰もそのやり方は知らない。

 だが私は、もし部下の誰かが地雷を踏んで、それが足を離さない限り起爆しないタイプで、そこを動けなくなったら――必ず「私が解除してやる」と言ってやると決めていた。

 足を離せば地雷が爆発し、一命を取り留めても片脚か両脚を失うか。山野を転々とする反政府ゲリラの少女兵である私たちに、脚を失って生きていられる――生かしておいてもらえる望みなどない。地雷を踏んだ時点で実質死は確定している。

 私はそんな恐怖の中で部下たちを死なせたくなかった。

 死が避けられないなら、せめて幸福の中で迎えさせてやりたかった。生きて帰って、お祝いにごちそうを食べる。そんな夢想の中で苦痛も恐怖もなく逝かせてやりたかった。

 本当なら不安の中で待たせることなく速やかに終わらせてやりたかったが、鉱山の襲撃前に銃声と爆音を上げるわけにはいかなかった。だから戦闘が終わるまで待たせてしまった。だがようやく解放してやれた。

 彼女の遺体を埋める穴を掘りながら思う。結局のところ私たちはみんな地雷原の中を常に歩き続けているようなものだ。彼女は私より少し年上――たぶん十代半ばから後半といったところだが、戦場ではもっと小さい子も死んでいる。

 どれだけ経験を積んでも、注意深く振る舞っても、運がなければ命を落とす。どんなに鍛えても流れ弾一発で全てが終わる。理不尽で残酷な日々を私たちは生きている。

 彼女のふくらはぎの肉片をシャベルですくって即席の墓穴に放りつつ、決意を新たにする。私は必ずこの地雷原を突破する。私を誘拐してこの地獄に放り込んだゲリラの男共を皆殺しにして、自力でここを出て行く。

 後頭部の穴からこぼれた脳髄を最後に落とし入れ、墓穴に土をかけていく。墓標すらない仲間の墓を後にして、私は再び地雷原の中へ帰っていく。


      To Be Continued “Longinus”

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マインスイーパー 宮野優 @miyayou220810

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