ものを書いて生きるということ

未来屋 環

その熱は、きっと今も共に在る。

 ――いつの間に、私はこんなに何もできない人間になったのだろう。

 ようやくそう気付いたのは、ものを書かずにいる日々が10年以上続いた頃のことだった。



 『ものを書いて生きるということ』



 小さい頃から物語を考えるのが好きだった。

 言葉を紡ぐのが好きだった。

 友達同士でみせあいっこすると、その中では自分がいっとううまかった。

 実際のところはわからないが、そう思い込んでいた。


 中学生になって、ものを書く友達がたくさんできた。

 自分ももっとうまくなりたくて、一生懸命書き続けた。

 色々なお話を書けば書く程、みんなが続きを読みたいと言ってくれた。

 私は作品作りに没頭した。


 高校生になって、好きなひとができた。

 私の書くものは、自然とそのひとの色を帯びていった。

 でも、その想いは叶わなかった。

 その経験が私を焚き付けて、また私はたくさんのものを生み出した。


 大学生になって、環境が変わった。

 自分の周りに、ものを書くひとはいなくなった。

 艶やかで目まぐるしい日々に溺れていった。

 次第に私は書くことを忘れ始めた。


 社会人になって、それはより顕著になった。

 仕事で忙しい毎日、休日もやることが多く、色々なものに追い立てられながら走り続けた。


 その内私は結婚して、守るべき家族ができ――そして



 気付けば、何も書けなくなっていた。




「満たされたからさ」


 頭の中で声が響く。


「創作はいつも、渇望から生まれる。なにかが欲しい、なにかが足りない、なにものかになりたい、なにものにもなれない――そんな葛藤の中でもがく時、生まれたものこそが最高に輝くのだ」



 ――満たされたからなのか。


 自分に問う。


 たしかに今はしあわせだ。

 大切な家族もいる。

 やるべき仕事もある。

 たったひとりで部屋にこもり、自分の中の願いを、欲望を、規律を、叛逆を、すべてを作品にさらけ出していた、あの頃とはなにもかもが違う。




 ――それでも



 私の中に、熱は在る。




 いつかその道程を振り返る時、あの時あきらめないでよかった、そう思いたくて。


 私は今日も、たどたどしく言葉を紡ぐのだ。



(了)

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