ここで××して

キタハラ

ここで××して

 ころして。

 といわれたとき、僕は動揺して、彼女がなにをいっているのか、わからなかった。

「ごめんもう一度」

 ぼくがそう頼むと、

 はなして。

 といった。ああ、聞き間違えかな。彼女は危なっかしいタイプで、思い詰めたらけっこうやばいことをしでかしがちなコで、迷惑なタイプなんだけどそこが魅力的でもある、という、どう説明したってめんどくさいのがかわいい女の子、だった。

 そういう女の子はよくいる。

 教室にも会社にも街でもよく見かける。よくある人だ。自分は個性的だと思えば思うほど没個性になってしまうなんて、悲しい。

 ああ、そうか、うん、そうだね。ちょうど僕たちは歩道橋にいて、僕らの下では過ぎゆく車のおかげで光の川ができていた。

 でも、誰かがあがってくるかもしれないし、こんなところで別れ話をするなんて、なんだかドラマみたいで、人と人がさよならするだけのことを、妙に大袈裟にしてしまうのも、なんだか、未来に申し訳ない気がした。

 それは歩道橋を渡ったら思い出してしまうとか、印象的な出来事をプラスすることで、忘れたときにふと思い出してダークな気分になるのでは、みたいな、そういうつまんない危惧だけれど、やはりそういうのはないにこしたことはない。

 ゆるして。

 ぼくがなんていおうかと逡巡していると、彼女はいった。

「許すってなに?」

 やはり僕は訊ねた。なんだか人に問うことしかできないばかに思えた。

 彼女のほうは、俯き、下を見ていた。

 もう僕が、きみのことをどう思っているのか、そしてどうしたいと思っているのか、わかっているんだろうな。

 深夜に眠れないのとかけてくる寝落ち通話も、男友達と会うことや仕事すらも関係なく嫉妬する激しさも、季節に一度はさまざまなバリエーションでしでかすODも、そしてそれを告げて僕が駆けつけるかを試す姑息な確認も、いまにして思えば楽しかったかもしれない、とも思った。

 いや、まったくたのしくなかった。

 過去の感情をなんとかよいほうへ考えて、きれいにしたいと思っているだけかもしれない。

 そのとき、遠くから、彼女の好きな椎名林檎の歌が聞こえてきた。どこかのバカなやつが、大音量で流しているらしい。

 僕らは顔を見合わせた。

 どんどん音楽が近づいてきて、最高潮になり、背後に去っていった。

 歌みたいにキスしたりしない。

 結局ぼくらは、話したいことがあると誘ったのに、話すことなく別れた。

 いつもみたいに彼女を送ることはしなかった。

 背中がはなさないでと語っているような気がした。

 僕ははなした。





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ここで××して キタハラ @kitahararara

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