サイダーは蜜の味

雪屋 梛木(ゆきやなぎ)

シュワシュワ

 大学時代の友人たちとのグループLINEに「オンライン飲み会やりたい」というメッセージがきていた。

 伝染病が流行る前は定期的に飲み会を開いていたし、ここ何年かは飲み会の代わりにグループ通話を使ってアマプラ映画鑑賞会を行っていたこともある。

 ここにきて初めてのオンライン飲み会である。むしろ今まで誰も言い出さなかったのが不思議ではあるけれど、もちろん断る理由などない。

 日程が決まるやいなや、はやる気持ちを抑えきれず近所のドラッグストアへ買い物に行った。可愛らしいデザインのチューハイもしくはカクテル瓶などを調達し、250mlの三ツ矢サイダー缶をこれでもかと冷蔵庫に放り込む。

 サイダーは大容量のペットボトルの方がお安いけれど炭酸が抜けてしまってはただの甘い水。きれいなグラスにカクテルを少し垂らしキンキンに冷えたサイダーを並々と注ぐ。シュワシュワが光を反射してキラキラと輝くためには、1杯ごとに飲みきりサイズの缶を用意するのが一番なのだ。

 約束の時間となりグループ通話を開始するとすぐ、懐かしい声が耳に飛び込んできた。

 ほんの数ヶ月前にも通話したばかりなのに……いえ、もう数ヶ月も経ってしまったと言うべき? さりとて大学を卒業し各々就職してからは旧友の声を聴く機会はぐっと減ってしまった。

 動画なのでお互いの顔は見えるけれど話題は常に一本道で、ああ、居酒屋で近場に座ったメンバーごとにいくつかの話題が入れ替わり立ち替わり十秒前に焼肉の話をしていたかと思えば唐突に宇宙旅行の旅費を検索しては驚くあの独特な話題の無法地帯はオンライン飲み会では成し得ないのだなと少し寂しくもある。

 お酒もいい塩梅に回ってきた頃、誰かが唐突に黒歴史について語りだした。おお、今カクヨムで話題の黒歴史! 

 黙って聞いていれば、出るわ出るわ、聞いているこちらの顔が赤くなるくらいの衝撃の数々! もちろんお酒のせいだけではない。

 Y子が「A美、覚えてる? サークルの新歓でさ、ベロベロに吐きまくってトイレの手洗い場詰まらせたりしたよね」と言えば「そうそう、店員さんに平謝りしたあと隣の席の知らないおじさんの頭にまた吐いたりして」などとE子が引き継ぎ「あれはおじさん可哀想だったよね。完全に涙目だったよ」とSが言うのだ。

 私の恥ずかしい過去など塵のように吹いて飛ぶ程度のものだなと思った。そもそも一晩寝れば命に関わること以外は大体忘れてしまう有り難い体質のおかげで、黒歴史など覚えていない。覚えてもいなければ無いと同じである。

「私はそこまで酷いことしてなくて良かったよ」そうしみじみ言った途端、

「何言ってんの。あの時何でA美が個室の中じゃなくて手洗い場で吐いて詰まらせたと思ってんの? あんたがずっと個室に入ってたからでしょ」ときた。

 はて? そうだっけ?

「しかもようやく出てきたと思ったらトイレットペーパーの端をパンツに挟んだまま引きずりながら歩いてきてさ。トイレから席までホワイトカーペットみたいになってたの忘れたの?」

「……エエッッッ!?!?!?」

 暴露された過去は確かに頭の片隅に塵として眠っていた憤死の記憶であり……あぁ、やめて! せっかく忘れていたのに! これ以上話さないで!!

 スピーカーのボリュームをマックスにして叫んだこの日はあとから思い返せば良い思い出になるのかもしれない。それでも黒歴史は塵のまま墓場まで忘れた振りをして生きていきたい。

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サイダーは蜜の味 雪屋 梛木(ゆきやなぎ) @mikepochi

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