絶対にはなさないで

葉月りり

オタクの親子

夫 青木啓太 三十二歳 自衛隊オタク 

血液型B型。


子 青木翔太 三歳 乗り物オタク 

血液型B型。


血は争えないなと思う。

凝り性でコレと決めたらずーっとソレ。



 駐屯地の門をくぐるところから、もうパパと翔太のテンションは最高潮。翔太にとっては初めての自衛隊の基地祭だ。


 ここは陸上自衛隊の基地なのでブルーインパルスのような派手な催しは無いが、ヘリコプターがたくさん展示され、戦闘ヘリの軌道飛行も見せてくれる。パパが乗り物好きの翔太に見せてやりたいんだと言って連れて来てくれたが、絶対自分が見たかったんだと思う。


 会場に着くと、翔太は「コブラ」だ「チヌーク」だと大はしゃぎだ。

 お前は自分のフルネームさえおぼつかないのになぜそんな物の名前を知っている! と、突っ込みたくなる。


 お天気に恵まれて今日はすごく人が多い。パパは翔太と手を繋いで歩いているが、三歳の子供なんていつ何に気を取られてどこかへ行ってしまうかわからない。


「パパ、翔太の手、絶対はなさないでよ!」


「大丈夫、しっかり捕まえてるよ。それに、ほら」


 展示会場のひとつの格納庫に大きなアドバルーンが上がっている。垂れ幕には「迷子センター」


「翔太、もし、パパとママが見えなくなったら、あの風船のところへ行くんだぞ」


 そうじゃなくて! そんなところのお世話にならないようにするのが本当でしょ! 

と、突っ込みたくなる。


なんて能天気なパパ。

あ、もう二人で走っていってしまった。


 展示されている飛行機やヘリコプターには、一機一機に係員が着いていて、機体について説明してくれる。パパは熱心に質問をし、隊員は丁寧に質問に答えてくれる。専門用語を使った会話が長引くと、いいかげんにしとけよと、突っ込みたくなる。


 隊員は、翔太にはしゃがんで優しく話しかけてくれる。


「ボク、飛行機好きか!」


「大きくなったら乗りたいかい?」


しまいには、


「十五年後、待ってるよー」


「入隊してね」ってことだ。


 翔太はパイロットのヘルメットを被らせてもらったり、部隊マークのシールをもらったりして上機嫌。パパまでホクホク顔だ。

 違うから。そのシールは翔太がもらった物だから! と、突っ込みたくなる。


 一通り展示機を見終わるとそろそろお昼だ。売店コーナーに人が向かい始めている。私は早めにお昼ご飯の確保に行くことにした。


「パパ、私、売店にお昼を買いに行ってくるから翔太のこと見ててね」


と、言っておいたのに。しっかりちゃんと言っておいたのに!


 大行列の人気の焼きそばを何とか手に入れ、お茶を買って帰ってくると、


「あれ? パパ、翔太は?」


パパは夢中で高機動車を吊り下げたチヌーク(プロペラが二発ついた大型ヘリコプター)の写真を撮っていた。


「パパ! 翔太は!」


「あれ? 今そこに」


「えーっ」


辺りを見回すけれど翔太はいない。


「もう! 目をはなさないでって言ったでしょ!」


グーで突っ込みたくなるのをこらえる。


 すぐ探さないと。とりあえず二手に分かれて探し始めた。大声で名前を呼ぶわけにもいかない。涙が出そうになるが、落ち着けと自分に言い聞かせながら目を見開いて探す。もしかしたら泣いているかもしれない。耳をすませて子供の鳴き声を探す。そしてその耳に聞こえて来たのは…


「迷子のお知らせをします。三歳くらいの、迷彩服を着た男の子がご家族をお探しです。心当たりの方は迷子センターまで至急おこしください」


翔太だ。


 あー、良かったー。ホント良かったー。急に力が抜けて膝に手をついて息をついた。


「迷彩服の迷子だって」


どこかから笑う声が聞こえた。


 わー、恥ずかしいー。まったく、パパがあんな服着せるから。朝しっかり突っ込んでおくべきだったー。いやいや今そんなこと言ってもしょうがない。急がなきゃ。翔太が待ってる。私は走り出した。


 翔太は迷子センターの椅子にちょこんと座っていた。私を見つけると何事もなかったかのように笑って手を振ってみせた。


 私は翔太を抱き上げ隊員の方々に頭を下げお礼を言って回った。隊員たちは良かった良かったと喜んでくれて、やはり最後には


「十五年後、待ってるよー」


と、言っていた。


 さて、パパはどうしたんだろう。基地内に放送は行き渡っているはずだ。駐車場の方まで探しに行ってくれたとしても、そろそろここに着いてもいいはずだ。なのに十分たっても二十分たってもパパは姿を見せない。


 今度はパパが迷子かー。何かあったのかな。どうしよう。また迷子センターに放送をお願いするしかないかな。


 恥ずかしいけどしょうがないかと、迷子センターの受付に行こうとした時、パパが向こうから走ってくるのが見えた。


 あーやっと来た。良かったー。


 一生懸命走って来るパパの様子にホッと安心したのも束の間。パパの手に自衛隊グッズの売店の袋が二つも握られているのに気がついた。


 私は右手にぎゅっと拳を作った。


おしまい


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶対にはなさないで 葉月りり @tennenkobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ