第18話 仕事と移動
大地を過る風が、前を開けたパーカーのなびかせる。
そこから、革製でできた胸当てがのぞかせた。
きつくはないが、しっかりと固定されていて、過敏に動いたとしても外れたりはしない。
かなりピッタリに調整されている。
それに加えて、両腕の肘から手首までの部分に軽めの金属製のプロテクターが、腰には剣を固定するベルトがそれぞれ付いている。
確かに、何もないよりは安心できるが、数々の異世界物で全身に鎧をまとっている人たちを見てきたため、少しだけ不安は残る。
そして何より……いつも通り前を歩くレイナとかなり似たような格好だ。
色こそ違うものの、まんまとあのおっちゃんの思惑通りになってしまったというわけだ。
「で、特にあれから説明らしい説明は聞いてないんだけど、俺らはこれからどこ行くんだ?」
「いいから、ついて来い。外に出る」
「え、ここってもう外だと思うんだけど……」
俺が疑問を口にしても、いつまでたっても返事は返ってこない。
自分で考えろということなんだろうか……?
もしかすると、この世界で言う『外』という認識は、日本とまた違うのかもしれない。
場所が違う以上、どうしても文化や言語の違いは出てきてしまう。
ま、それはしょうがない。
だからこそ、彼女からいろいろと教えてもらいたいところではあるのだがーー
そんなことを思いながら、舗装された道を進んでいく。
相変わらず、行き違う人達の服装は様々で、鎧をつけてる人から、現代の日本でよく見るようなラフな格好をした人までいる。
時々、胸元が開いたり、あからさまな恰好を人も目にするが……ダメだダメだ。俺には悠菜がいる。
そうして、店の角を曲がり、道の突き当りを曲がりーーいつの間にか、人気の少ない場所へと行き着いていた。
前に見た、店の並んでいる賑やかな街並みとはまるで違う、建物の壁と狭い道の場所。
ふと、視界にこちらへと向かってくる人が見えた。
……まぁ、いくら人気が少ないといっても、こんなにぎやかな国のことだ。人通りの少ない道の1個や2個あっても不思議じゃない。
そう思いながら、もう一度その人へ目を向けてみる。
ーーあれ?
……いや、やっぱりだ。
歩いてくる人物ーーそれは、フードを深くかぶり、大き目のリュックを背負っていた。
どっからどう見ても怪しい。
こんな人目につかない道に、目立たないような服装と怪しそうな荷物を持った人物。
それがつながった瞬間、警戒を高める。
腰につけている剣の柄を持ち、いつでも引き抜けるように身構えながら進んでいく。
暗い空間、遠くで人々のにぎわった声が聞こえる中、3つの足音が響き渡る。
それらは少しずつ近づいていきーー何もないまますれ違った。
お互いに、振り向くことなく通り過ぎていく。
それを遠目に確認すると、レイナの元へと近寄り、小声で話しかけた。
「今の人、なんか怪しくないか?」
「そうか? 商人かなんかだろ」
「この道といい、今の人といい、なんかやばそうな気がするんだけど……」
もしかして、今のが気にならないぐらいには犯罪が目立っていたりするのか?
犯罪国家みたく、びっくりするほど治安の悪いとこだったのか?
王様! グレイル王! お願いですから早くなんとかしてください……。
次第に、響いていた足音の1つが聞こえなくなり、目的地が近づいていることを知らせてくる。
そして、狭い街の突き当たりまで辿り着き、あの人物が出てきた角に曲がった。
文字通りの路地裏のみたいな場所だ。
先の景色がわからない曲がり角だと、自然と体に力が入ってしまう。
レイナがいるから大丈夫だとは思うが……不安は尽きることを知らず、溢れるほどに増えていく。
だが、そんな彼女の方は、特に警戒をしているようには見えない。
城からとなんら変わらない様子だ。
そのまま、彼女は角を曲って先へと進んでいく。
それを見失う前に、俺も急いでそこを曲がる。
そうして、曲がった先で最初に目に入ったのは、暗い道のど真ん中で話し合う2人の男だった。
片方は少し小太り、もう片方はそれと対照的でかなり痩せ細っている。
「するとですね、そのお客様がーー」
「その話の続きを聞けないのはちょっと惜しいっすけど、仕事ですぜ」
すると、痩せた方の男がこちらへと気付き、会話を中断してもう一人へと伝える。
正直、今の段階だとあの男たちの職業がまるでわからない。
しかも、怪しさでいうと、先ほど通り過ぎた人物とどっこいどっこいだ。
だが、レイナはそんなこと気にせずにその男の元へと向かっていく。
俺としては、彼らに安易に近づきたくはないところだが、このまま置いていかれるのも困るので、距離をとりながら歩いていく。
レイナの強さは把握している。
だから、きっと大丈夫なはずだが……
「お客さん、本日はどこまでを希望ですかな?」
ーー?
怪しい男は、またしても予想外の言葉を発した。
俺が呆気に取られていると、レイナがどこからか小銭を数枚取り出し、彼へと投げ渡した。
「エトレイク森林第2大橋まで行きたい。代金はそれだ」
「これはこれは……、また太っ腹ですねぇ。帰りも混みですね?」
「ああ、遅くても5……いや、6時間だ」
「また大胆ですねぇ」
「国から出てるからな。意味はわかるだろ?」
「おやおや、それは失敗できませんね。いいでしょう、この私ーーランチャス・ポレカータが引き受けましょう」
「ちょっ! 先輩、僕には仕事なしっすか? 独り占めは恨みますよ!」
「まぁまぁ、安心しなさい。あなたには帰りを担当してもらいますから」
今の状況を理解する前に、流れるように話が進んでいく。
あの人たちは、商人……なのか?
「なぁ、レイナ。つまりどんな感じになったの? それと、彼らは何?」
「詳しくは中で話す。とりあえず乗るぞ」
彼女はそう言うと、男たちが立っているさらに奥へと進んでいく。
そして次に、男の方へと目を向けてみると、にっこり笑いながら手招きをしていた。
ーーこわっ!
なんと言うか……めっちゃ不気味だ。
……怪しい闇取引とかじゃ無いよな、流石に。
そんな失礼なことを思いながらも、こんな場所で一人にはなりたく無いのでちゃんとついていく。
男たちが話していた突き当たり、そこには左右に曲がれる道がある。
どちらも、ここからだと曲がった先が見えないため、何があるかはわからないが、とりあえず何があってもいいように身構えておく。
進むたびに奥の景色が視界に入るようになる。
何も見えなかったところから、円形のものが見え、そこには屋根が写り、窓があるのもわかっていく。
そして、曲がる直前になって、ようやく写っていたものの正体が分かった。
2対の円形の車輪、人が入れるような車体、そしてそこから伸びている手綱。
それは、日本にも確かに存在した、移動の文化の起点となったものーー馬車だ。
……まぁ、実際に見たことは一度もないけど。
だが、肝心な馬はここにいない。
そのため、今のままだと走ることが出来なさそうだが、そんなことお構いなしにレイナは早速、中へと乗り込んだ。
地面ギリギリまで下ろしているハシゴに手をかけ、登っていく。
あ、パンツ見えた。
一瞬だったが、見えてしまった。
彼女はこういうの気にしないのだろうか?
聞いたら殺されそうだから黙っておくけど。
そのまま、背中に背負っていた槍を一旦外し、先に中へと入れてから、彼女自身も中へと入った。
車体の扉は大きいものではない。
そのため、彼女のような武器を持つときは一度外さないと入れないようになっている。
そこに意識がいくのは、かなり注意力が高いか、あるいは体験したことがあるか…‥だが、聞いてもどうせ答えてくれなさそうなので、忘れることにする。
つまり、真相は闇の中だ。
それに続け、俺もハシゴへと足をかける。
登る時に、確かに剣は邪魔になるが、登れなくなるほどではない。
「ここからはしばらく移動になる。だからこのタイミングで、そっちの色々と説明する」
「なるほど、了解です」
馬車の中は、意外なことにかなり座り心地の良いソファが前後に設置してあった。
さらに、中もかなり広い。
しっかりと立つスペースもあるし、なんなら寝れるぐらいの広さはある。
ーータクシーよりも全然いいな。
「まず、こっちで受けた依頼は、とある元貴族の夫婦が森の表部で見たことない2速歩行の巨大な生き物を見たらしい。で、調査してほしいってとこだ」
「なんか冒険者でありそうな依頼だ。えっと、まず森の表部って何?」
「まず、森には表部と深部がある。表部は森の出口から近いせいで、凶暴な生き物とかはあまりいない。その代わり、深部のような遺跡とかも特にない。逆に深部の方は、簡単に言ってしまうと森の奥だ。凶暴で巨大な生き物も出やすい上に、戻るだけでも距離がある。だが、遺跡がある。そんな感じだ」
「ちなみに、その遺跡っていうのは?」
「昔に滅んだ国らしい。戦争だかデカい魔法の暴発かは分かってないが……魔法ぐるみで滅んだのは事実だ。だが、国としてはかなり発展していたらしくてな、未知の魔道具や魔法が度々発見されてる。だから、それなりに実力のある冒険者の主な活動場所になってるってわけだ」
「なるほど。で、今回の依頼は表部らしいけど、そこにも貴族の人達が必死になって探すぐらいのお宝があったってことか?」
「いや、あの貴族共、今までみたいに領地の人から税が手に入らなくなったせいで、お金が無くなったらしいんだ。ここまではまぁ、納得できないこともないが……何を思ったか、前みたいな豪華な暮らしをするためだけに、ちょっとした高級キノコを採っていたらしい。ーー大した実力もないうえ、護衛すら付けずに」
確かに、豪華な暮らしから普通の暮らしに戻っても、到底満足できるものではない。
前の習慣に取り憑かれた人は、簡単には戻ることができないのもまた事実だ。
そんな、周りが一気に変わってしまった俺と同じような境遇に、少しだけ同情してしまう。
「じゃあ、その人たちはーー」
「いや、森に入って早々、デカい影を見たとか言って、城まで逃げてきた。経験がない奴らの証言は間違いやら誇張やらがあるから、あまり信用できるものじゃなかったんだが…………はぁ、てなわけで、騎士団じゃなく私にその依頼が回ったって形だ。まったく、いい迷惑だよ」
あ、死んでなかったのか。
よかったーーって言うには、ちょっと身勝手すぎる気もしてしまう。
だいたい、実力がないのに戦場みたいなとこに行くなんてーー
……あ、
もしかしなくても、俺と同じ状況だ。
もちろん、俺なら大丈夫なんて、そんな大層な台詞は言えない。
当然、レイナに迷惑をかけると思うし、簡単な調査だけでも怪我を負うかもしれない。
…………、
いや、俺がした選択だ。
一刻も早く、戻るために。
迷ってる暇なんてない。
レイナには……できるだけ迷惑をかけないように気をつけよう。
「お客さん、遅くなってすいませんね。準備できたんで、出発ってことで大丈夫ですか?」
後ろの方から、さっきの男の声が聞こえた。
こっちはーーちょっと太ってた方の人か。
準備、と言う単語が気になって、開きっぱなしになっていた扉から、顔を覗かせた。
外の空気の冷たさが、肌に触れる。
目線の先には、日本でも目にした馬ーーのような生き物なんかではなく、トカゲのような四足歩行の爬虫類がいた。
体を覆っている鱗に、地面をしっかりと押さえている爪、わずかに開いた口から覗かせる牙、それらを見るだけで凶暴だと想像がついてしまう。
地球の生物で例えるなら……コモドオオトカゲを何倍もの大きさにしたような生物だ。
そして、その太い首には首輪がはめられており、その上どういうわけか目隠しもされている。
もちろん、首輪からはリードが伸びていて、それを持っているのは当然、声が聞こえた男だ。
そして、次の瞬間……そのトカゲが、車体が揺れるほどの咆哮が放たれた。
ーーっ!!
鼓膜が震え、聞こえの悪い爬虫類の鳴き声が、狭い空間の中で響き渡る。
そして、トカゲはこちらへと前進していきーー
この理想のような異世界で、無力な俺は主人公になれない 赤め卵 @ogu1605
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