第3話
「……」
「……」
二人、模造紙に目を向かわせながらも、意識は確実にぶつかり合っている。
「ひとまず、こんなものでいいんじゃないですか」
「雄星さんに見せに行こっか?」
「別にいいでしょう。任せるって言われたので」
和花は押し黙ってしまった。
「……そっか。なら、今からウェブサイト作ろっか」
「自分でやります」
「いや、アイデア出したの私だから。これまでBOOK MARKに関わって、ホームページとかSNSとか全部私が作ってるから」
「こっちの方がウェブに関する知識はあるので。ウェブ工学を結構勉強していまして」
「そんなの知らない。アイデア出したのは、私」
和花はパソコンを陸玖の腕から強奪して、キーボードを叩き始める。
「あれ、あらら、ありゃりゃ……」
さっき付けたはずのプログラムが消えている。しっかりと見本通りに組んだはずのコードが上手く作用していない。
「青木さん、やっぱり私がやります」
「いや、大丈夫、出来るから」
「見て分かりますよ、どんなことを作りたいのかは大体分かっているので、任せてください」
陸玖にパソコンを握られ、それを堪えるだけの握力が和花には無かった。
呆気なく、陸玖の手にパソコンは落ちる。
「あぁ、何だ、こんな初歩的なミスだったのか……」
陸玖は数回キーボードを叩くと、和花のイメージ通りの画面をディスプレイに映し出した。
――何なの、あいつマジで。
手のひらをガリガリと毟る。皮がパリパリめくれて、微量の血が滲んだ。
やることが無くなった和花は、手のひらを毟りながら、宿舎をぶらぶら歩く。
部屋は三人部屋で、所狭しとベッドが並んでいる。
「青木さーん」
「何?」
「出来ましたよ、ページ。もうチェックもして公開しました」
かなり冷淡で、さも出来て当然のような図々しい声が耳を抉った。
――はぁ、ふざけないでよ。発案者のチェックも無しで公開するの? デリカシー無さすぎない?
しかも、あれからわずか十分ほどでこの声と言うのが胸を締め付ける。
「お、陸玖、早いな。……良いんじゃない? じゃあ、早速これで行って」
地団駄を踏もうとしたが、すんと頭が冴えわたった。
――雄星さん? 発案者、私ですけど、忘れてません?
「くれぐれも、和花と協力してやるように、な」
そのさりげない気遣いが、却って和花の自尊心を著しく傷つけたようだった。気遣ってほしかったはずなのに、いざ言われるとどこか気持ちが陸玖に向いているようで、和花のことを憐れんでいるようで。
目元に、ジワリと涙が滲む。
和花はベッドのもとに置いてあった水をガシッと掴んで、一気に飲み干した。
「……ん?」
と、ペットボトルを置くと、雄星のベッドの下に一つの段ボール箱があるのが偶然視界に入った。
見たところかなりずっしりしていそうだ。
――どうせ、新しく買った本とか入ってるんでしょ。
だが、和花は自然と布団の奥に手を伸ばしていた。
箱の中に入っていたのは、大量の書籍たちだった。
『異界窓口・栞屋』
紛れもなく、今回撮影されているドラマの小説版だ。作者は宜野鍛治となっている。
「……なんでこんなに」
溢れんばかりの、異界窓口・栞屋。
和花は一冊を手に取り、雄星のベッドに体を預けて、一ページ目を開いた。
『葉多亜里沙は、腕を組んで仲良く歩いてくるカップルの一方に目付した。それから、どうやって彼を奪い取ろうか考え始めた』
いきなり、主人公・葉多亜里沙の人柄がズドンと現れた。
――そうか、あのシーン、本当に一番最初だったのか。
和花は足で布団のシーツを握り、ワナワナ震わせた。
そこから例の戸田アナウンサーに搔っ攫われたシーンが映って、少し業務シーンが入る。
『「この本下さい。本、持ってきたので」
顔のパーツの配置が明らかにズレていて、シャンプーもろくにしていなさそうな二十歳くらいの男が入ってきた。この店では、何か別の本を持ってきてくれると、交換で一冊サービスとなるようにしている』
ははん、なるほど。
これは良いサービスになるかもしれない。
『彼が持ってきたのは、一体いつに出版されたかも検討がつかない、カバーにしわの寄ったSF小説だった。
「はいどうも」
素っ気なさそうに返事をして、私は二冊の本を渡した。
ジャムパンを齧りながら来た道を戻っていく男を目で見送ってすぐ、先程入ってきた本を開けてみる。
「え?」
一ページ開ければ、ワンダー・ストアと書かれたタイトルの下に、赤い円がキラキラ輝いているじゃないか。裏を見てみると、それは金具で留められていた。赤い円には金色で時計がデザインされている。ふと、さっきまでのウグイスの朗らかな声が全く聞こえないことに私は気づいた』
――まさか。
え? というのはもしかすると心の声だったのかもしれないが、確かにこの一文を見た時、和花はそう言った。
金色の時計がデザインされた赤い円。
――あの、藁人形と、まさか。
あれと宜野鍛治は繋がっているのか。藁人形を作った犯人なのか。
『ズキンと脳に槍が刺さったような衝撃。目の前が混濁とする。やっとそれが晴れたかと思えば、そこはよく知ったバンの中では無かった。変な車が走っていたり、ドローンが飛んでたりする変な場所』
この物語の中の女も、まさか物語の世界へ。
――『ワンダー・ストア』という書籍名には心当たりがある。
いつの日か、雄星がお気に入りのものを詰めた箱を見せてくれた。その中に、こんなタイトルのSF短編集があったような……。
気づけば、心臓が奇妙に早く波打っていた。グワングワンと縦に大きく揺れるように。
『目の前には、大きな書店があった』
そこから、葉多亜里沙は、ワンダー・ストアと言う未来のコードで電子書籍を読み取る方式の本屋で、紙の本が絶滅した世の中を知り、現実世界へと帰還する。
だが、そこで以前の男――役は西堀良平、がまたもや現れたというのだ。
『私は思い切って問い質した。
「ねえ、あのピンバッチは何なの?」
「……あれは、別に、何でもないものです」
「あれと、持ってきてくれた本のおかげでなんかものすごく奇妙な目に合ったんだけど、あれは私の夢なのかな?」
「……そうなんじゃないですか。ところで、この本お願いします」
言われた本の会計と、持ってきた交換の本を整理しながら、どう攻めようかと思考を巡らせる。
「もしかして、この本にもあるんじゃない?」
はったりだった。だが、彼は目に見えるほど顔を強張らせ、自信なさげな顔をする。
「説明責任があるよね」
「で、でも、これはこの、栞屋さんのせいでもあるはずなんですけど……」
激しく狼狽しながら、彼は物凄いことを言った。
「は? うちのせい? 私、何も悪いことしてないんですけど。真っ当に商売してますけど」
「いや、そ、そうじゃないんです。そういう意味じゃなくて、あの、多分別の意味なんです」
「じゃあどういう意味なの?」
「そこまでは僕にもよくは……」
私ははたと言論射撃を止めて、考え込んだ。
頭の中で、数年前からのある話が付きまとう。鹿の足が脳裏にくっきりと浮かんだ。
「分かった、なら、あんたはしばらくここにいて、ピンバッチについて調べなさい」
「へ?」
「そうでもしないと、私が満たされない」
相手がうんともすんとも言わないうちに、私は素早くドア開け放し、彼の肩に腕を回してバンに引きずり込んだ。
「……や、やめ」
「大人しくしてないと、恥ずかしいことになるけど、良いの?」
相手はぐっ、と黙り込んだ』
本を読み干し、ふぅ、と一息ついて、首をグルグルと回した。
――今、私は一つのミステリーを解こうとしている。
「雄星さーん」
「ん、何だ?」
雄星は、和花が自分のベッドに寝転がっているのを見て密かに眉を顰めたが、彼女が持っている本を見て顔を変えた。
「お、読んだのか。すごいよな、名作ドラマになる予感がする」
「もしかして、雄星さん、まさか」
「……ん?」
ふと、雄星の顔が蠟燭の火が消えたみたいに真顔になった。少し肩が上がっている。
「最近、結構電話に忙しかったのって、もしかしてKILテレビと色々電話してたんですか?」
「……え?」
「あれだけ舞い上がっていたのも、自分の小説が認められたからじゃないんですか?」
「……回りくどい言い方せずに、さっさと推理を聞かせてくれよ」
再び、感情の灯が雄星に灯った。
「雄星さんの小説ですよね、ワンダー・ストアって。ピンバッチシリーズのやつ。なんか、すごい妙に描写がリアルで、まるで向こうに行ってるみたいでした。今度、読みます」
「バレたか。そうなんだよ、僕が書いた文章を宜野鍛治さんが見つけて、色々ストーリー練ってくれたんだ」
「へぇ」
和花は少し顔を赤らめた。
が、すぐに白に戻し、目をキリリとして真正面から雄星を見据える。
「ピンバッチの発想はどこから来たんですか?」
雄星の感情の灯を、和花自らの手で吹き消した。
凍り付いたような顔を見て、少しだけ心配そうな色を浮かべた。
「……んー、まあ何となくアイデア出てきた。なんか、色々グッズとか作ってるみたいだけど、実際に物語の世界にワープしたりはしないから安心して」
「なら、良いんですけど」
和花の脳裏には、神社の鳥居の藁人形と、赤い時計がデザインされたピンバッチがねちっこくこびり付いていた。
――あの時私は、本当に『ドッカラ・オンネン・ジュゴン・レディオ』の世界にワープしていたのかな。夢ならいいけど、それはそれで怖いし。
「あ、そうそうあれ見た。陸玖が作ったサイト」
陸玖が作ったサイト、と言うのに顔が反応してしまったのか、雄星は慌てて弁解する。
「いやいや、サイトを作ったのが陸玖ってだけで、元の案は和花だってことは分かってるからそれは心配するな。さっきから電話がかなり鳴っているんだ。……まあ、良い案出してくれてありがとな。当分は、和花の首を切る事態にはならなさそうだ」
「止めてくださいよ、私まだそんなに信頼無いんですか?」
少しばかり皮肉を込めていったつもりだが、雄星は
「まだまだかなぁ?」
と冗談っぽく笑って、また仕事へ戻っていってしまった。
『異界窓口・栞屋』 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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