たんぜべ なた。

駅員の戯れ言

 始発の一番列車がプラットホームに滑り込んできた。


 通学・出勤時間前という事もあり、乗り込む乗客はまばらだ。

 そんな中、一組のカップルが別れを惜しむように手を取り合っている。


 見送るのは、マフラを首に巻き、季節外れのミニスカート姿の女性。

 送られる側は、トレンチコートにスーツ姿の若い男性。

 三月も中旬とは言え、朝晩はまだまだ寒い。


 ゆっくりと握手を交わし、車上の人となる男性。


「ドアが締まりま~す。」

 構内放送の声でドアが閉まると、切なそうに手を振る女性。

 二人の中を引き裂くように、無情の列車は滑り出して行った。


 ◇ ◇ ◇


 さて、日も昇り始める頃、スーツや制服に身を包んだ人々が、三々五々にプラットホームへ並び始める。

 いよいよ、通学・出勤時間の始まりだ。


 もっとも、今日の乗客はいつもとは多少違った手荷物を下げている。

 そう、花束を携えている人が多いのである。


「この時期は、一番切り花が売りさばけるのさ!」

 そう笑っていた花屋の店員も、今日はスーツ姿で自慢の花束を携え、列に並んでいる。


 河川敷では、菜の花も咲き乱れ、桜前線もいよいよ来週にはこの街にやってくるようだ。


 ◇ ◇ ◇


 昼下がり、遅い登板で立っていたプラットホームに、昼一番の普通列車が入ってきた。


 花束を胸に抱え、赤く泣き腫らした瞳の女子学生たちがプラットホームに溢れる。

 別れを惜しむ娘、二次会が云々とはしゃぐ娘…悲喜こもごもである。


 そのような集団が残っているプラットホームに、快速列車が到着する。

 快速列車のドアが開くと、ウダツの上がらない苦学生のような男がトランクケース一つを引っ張り降りてくる。

 持っている紙切れとにらめっこをしている彼は、足取りも怪しく、トランクケースの足がプラットホームと列車の間に挟まり、盛大に転倒する。


 慌てて仰け反る女子学生たち、苦学生は頭を下げながら立ち上がろうとするが、今度はトランクケースの上に置かれた布袋から中身がこぼれ、座り込んでしまう。

 列車運行の妨げになる恐れがあり、私が駆け寄ろうとした矢先に、女子学生の一団から、一人の少女が彼を気遣い手助けに入る。


 倒れた方向が良かったのか、手荷物が少なかったのか、いずれにしても二人は手早く荷物をまとめ、快速列車は定刻通りに出発した。

 頭を下げて何度もお礼を述べる苦学生に、少女も謙遜するように受け答えしている。


 そして、わたしは知っている。

 この二人が、後にになってしまうという事を。


 ◇ ◇ ◇


 さて、帰宅ラッシュがボチボチ始まる。

 今日は殆どの学校で卒業式が有ったようだ…なるほど、昼の一騒動はその影響なのかも知れない。

 独り合点していると、千鳥足の若い会社員がプラットホームギリギリを歩いているのを見かけ、慌てて助けに行った。

 ベンチに座らせると、赤ら顔でイビキをかき始める会社員。

 さて、彼の相手をしている暇はないので、気にかけつつも、乗客の誘導に専念する。


 ようやくラッシュも一服し、あとは終電間際の『お持ち帰り』組を待つばかりという所で、くだんの会社員が目を覚ました。

 話を聞けば、先週地方から転勤してきたばかりで、慣れない仕事と職場の諸氏、そして苦手な宴会をがんばってこなして来た…とのこと。


「そんなに急いでどうするんですか?

 まだ、新生活が始まったばかり、ボチボチ慣らさないとダメですよ!」

 やんわり注意すると、申し訳無さそうに頭を下げる会社員だった。


 ◇ ◇ ◇


 いよいよ最終列車がホームに入ってきた。


 今日も一日頑張ったのだろう。

 本当に疲れた様子の人。

 明日への英気を養うべく、赤ちょうちんで元気を分けてもらった人。

 夕刊を片手に、明日の仕事を占う人。


 悲喜こもごもである。


 そんなホームのハズレで、ボストンバック一つを携えた男が居た。

 何かを懐かしむように、ホームの屋根を眺め、深くため息を付いていた。


 同じ頃、ホームへ駆け上がってくるハイヒールの足音が一つ。

 息を切らせながら現れたのは、スーツ姿の一人の女性。


 視線が交錯し、惹かれ合うように走り出す二人。

 多くを語らずとも解り合える空気。

 人々の灰色の流れの中、その空間だけは、可憐に咲きほこる桜の木が見えている。


 ここは、名も無い駅のプラットホーム。


 fin

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たんぜべ なた。 @nabedon2022

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