第2話
ユーリに出会ったのはもう三年も前になる。地元の駅前で歌っているユーリを見かけて、思わずヘッドフォンを外して足を止めた。
当時のユーリは金髪のロングヘアーがよく似合っていて、アコギ一本と歌で道行く人間を釘付けにしていた。
そんな私に気が付いたユーリが、半ば強引にセッションを誘ってきたのだった。
手書きのコード譜を譜面台に置くと、ユーリが私に手をこまねいた。ギャラリーは自分ではないからと勝手に盛り上がってしまっていた。
それがいたたまれなくて、私は渋々ギターを構えた。ユーリは自分で使っていないのに小さなアンプをなぜか持っていたから、それに繋いでアコギとエレキで演奏した。
曲が始まるとすんなりと息が合って、ユーリの声と私の即興のハモリが空気に溶けだした。
皆に伝播していく旋律はギャラリーだけでなく私の心をも震わせて、いつまでも体全身が心地よさを訴えていた。一曲が終わるとギャラリーはたちまち拍手をして、大喝采で終わった。
それからすぐ仲良くなって、ツーマンライブもしたし、何組も出る合同ライブに誘って出てもらったこともある。
私の所属事務所がユーリをスカウトしたのに断ったと聞いたときは、しつこく訳を聞いた。
「自由に音楽したいだけ!」
最後にはそう答えて笑っていたユーリの顔が、脳裏から離れなかった。
あのまま寝落ちしてしまったらしく、ライブ音源はとっくに終わっていた。
カーテンを開けると、天の川がキラキラと輝いていた。それが途端に恨めしくて、そしてまたユーリの歌声が頭の中を支配していた。
スマホを取り出して通話ボタンを押すと、もう深夜三時だと言うのにすぐに聞きたかった声が私の耳に響いた。
「もしもし、シオン?」
昼間にあれほど怒ったというのに、ユーリは何もなかったような、いつも通りの声色だった。その声に私はまた泣きそうになった。
「譜面、今から取りに行くから。あと新曲作るの、見てていい?」
「へへ、いいよ! あと二日、全部シオンにあげる!」
すっと流れ星が流れると、耳元で無邪気に「流れ星!」とけらけら笑うユーリの声が聞こえた。急いで電話を切って私はスマホと鍵だけポケットに突っ込んで家を出た。駐輪場まで全力で走って自転車にまたがった。
満点の星空の下を全速力で走った。その間もずっとシオンのライブ音源をヘッドフォンで聞いていた。涙が溢れて止められなくて、前が霞んだ。それでも私はペダルを漕ぐ足を止められなかった。
小さなアパートのインターフォンを鳴らすと、すぐにユーリが出てきた。昼は気付かなかったけれどかなり痩せてしまった体が痛々しくて、また涙が溢れてきた。
「なに泣いてんの?」
「うるさい、バカ」
笑うユーリの声が優しくて、私は玄関でユーリに抱き着いた。骨ばったユーリの体が暖かくて、それが無性に寂しかった。
しばらくユーリの胸を借りて泣くと、ユーリは部屋に案内してくれた。
1Kのユーリの部屋は、壁に吸音材が張られて、壁に沿うように設置されたラックはたくさんのCDとコンポ、そしてギターが三本とベッドがある、お世辞にも広いとは言えない部屋だった。
何度も来たことがあるのに、これが最後かと思うと悲しくて仕方なかった。それでも私は涙を拭いて、一曲一曲を丁寧に教えてくれた。
朝になり、昼になっても私たちはそんなことを続けていた。全部で五十六曲もある曲を全部教わるまで、結局一睡もしないまま夜になってしまった。
「シオンは寝てていいよ。あたし曲作るから!」
「眠くないの?」
「全然!」
ギターを鳴らしては紙に歌詞やコードを書きこむユーリを眺めていたけれど、睡魔に勝てずにそのまま眠ってしまった。
ユーリがステージで歌う夢を見た。私しかいないフロアで、ユーリはいつも以上に声を張り上げている。私はそんなユーリに釘付けになっていた。いつまでもそんな姿を見ていて、ユーリも私を見つめながら歌っていた。
目が覚めると窓の外は明るくて、というかむしろ日が傾いて夕焼けが空を包んでいた。今日はユーリが星になる日というのに、私は随分眠りこけてしまっていたらしい。
「四曲も作っちゃった。ちょうど六十曲だよ」
ベッドから起き上がってみると、コード譜が床に散らばっていた。
「ねぇねぇシオン。セッションしようよ」
「ん、いいよ」
差し出されたコード譜は初めてセッションした曲だった。ユーリのエレキを借りてアンプに繋ぐ。旋律が流れ、ギターソロを奏で、ユーリの声が溢れる。私のハモリが溶けるようにユーリの声に絡む。
曲が終わったころ、ユーリの体は光っていた。ギターを抱えたまま、私たちは自然と手を繋いでいた。
「ユーリ」
「どした?」
「ユーリの食べた星ってどの星?」
ユーリは意表を突かれたかのように目を丸くして、すぐに笑い出した。
「最後の会話がそれ?」
「いいじゃん、教えてよ」
「火星だよ、火星」
「なんで?」
「ベートーヴェンの星だから」
「なにそれ」
二人してギターを抱えながら、それでもぎゅっと繋いだ手は離さずに笑い合った。空は夕焼けから夜空に変わろうとしていて、ユーリは一番星のように輝いていた。
「あー、楽しかった! じゃあね、シオン」
「じゃあね、ユーリ」
瞼を突き刺すほどの光のせいで思わず目を瞑ってしまった。すぐに目を開けると、隣に居たはずのユーリの姿はどこにもなかった。
それから私のバンドはユーリの残した曲を歌い続けた。今まで売れなかったのが嘘のようにCDが飛ぶように売れた。
しばらくしてユーリの部屋に残っていた密売人のメモを頼りに、数年を要しながらも密売人に会いに行った。
「火星を予約したいんですけど」
星を食べた彼女の歌を歌う 仮名 @kamei_tyan
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