星を食べた彼女の歌を歌う

仮名

第1話

「え、本当に言ってるの⁉」


 ユーリは清々しいほどすっきりした顔で「うん!」と答えた。そして唇に人差し指を置いて、シーッと空気を漏らした。

 喫茶店のお客さんが私の声に反応してこちらに視線を送っていたので、私は思わず肩をすくめた。


「さすがに太陽とか月は高くてさ、買えなかったんだ」


「いやいや、今は空にあるじゃん」


「まだ誰も予約してないからじゃん? 採取したらすぐアシがつくから予約制なんだって」


 ライブ終わりに呼び出されたと思ったら、ユーリは禁止されている星を食べたらしい。空に輝く幾千万の星は禁止された食べ物だった。


 禁止されているこそ恐ろしく高値で、しかも裏ルートで売買されている。星には自身の才能が極限まで高められる代わりに、一週間でその体は星になる。生きた証である体も、骨も、何も残らない。


 太陽も月も何年かに一度無くなることがある。誰かが食べたからだろう。そして一週間するとまた空に戻る。はた迷惑な話だった。


 三か月前にユーリから余命宣告を受けたと打ち明けられた。あと半年の命だと聞いたときも、こうして喫茶店でコーヒーを飲んでいる時だった。

 その時は音楽仲間が居なくなるのは寂しいな、なんて考えながら、でも目の前のユーリがあまりにもあっけらかんとしているから、どんな顔をしていいかわからなかった。


 あの時は解散してから家に帰ってボロボロ泣いたっけ。

 

 そして私は今もどんな顔をしていいかわからなかった。


「あたしはさ、骨になりたくないんだよね」


「でも……」


「骨になるくらいなら、自分が作った音楽が一生残ってくれればいいや。別に墓石に入ったらあってもなくても一緒じゃん?」


 ユーリは愛おしそうにギターケースを撫でた。紅茶を一口飲むと、ユーリはにこりと笑った。


「それでさ、シオンに一つお願いがあるんだ」


「なに?」


「あたしの作った音楽をね、シオンのバンドで歌って欲しいんだ」


「え、なんで?」


「だってCDとか作れないんだもん、あたし」


 シオンはシンガーソングライターだった。

 極度の機械音痴で、今まで作った曲は全部譜面に起こして保存しているらしい。徹底した機械音痴だ。


 そんな私の所属バンドは去年にメジャーデビューを果たしたものの、私の作る音楽は今風の音楽に則って作る無難な曲のせいで鳴かず飛ばずの売れ行きだった。サブスクもCDもそこまで売れていない、所謂三流バンドだった。


 ユーリの作る独特で尖ったメロディーと歌詞は、私には作れない。人の心を掴んで離さない歌声。どうしてメジャーデビューしないのか未だにわからない彼女の歌は、ストリートの中でいっとう輝いている。ユーリが作った音楽は、全てユーリのものだ。


 その輝きを私たちがもらう訳にはいかない。


「じゃあ私が教えてあげるから、動画サイトとかにアップしようよ」


「えー、やだよ。あたしはシオンに歌って欲しいのっ!」


 わざとらしく頬をぷっくりと膨らませて、ユーリは私の目を見つめていた。なぜかそんな姿に私は小さく怒りを感じた。


「お待たせしました、フルーツパフェです」


 店員さんが運んできた特大パフェを目の前にすると、ユーリは心底嬉しそうにスプーンで突いた。


「食べないの?」


「……食べる」


 私がてっぺんに乗っているサクランボを取ると、ずるい! と言いながら、ウサギ型に切られたりんごを手で引き抜いて頬張る。


「あと三日しかないんだよね、あたし」


 アイスクリームを食べながら、ユーリは頭を抑えた。私もつんとした冷たさと、ユーリの突拍子の無さが頭を突き刺した。


「だからさ、いいでしょ?」


 無邪気に笑うユーリスプーンを咥えながら小首をかしげた。無邪気なその目が、私の怒りをくすぐって爆発させた。


「なんでそんなヘラヘラできるの⁉ 残される私の身にもなってよ!」


 思わず怒鳴ると、店員さんが飛んできて「他のお客様のご迷惑になりますので……」とテンプレートなセリフを吐いた。それに平謝りするユーリに、さらに怒りの炎が燃え上がってきた。


「落ち着いてよシオン」


「落ち着いてられる訳ないでしょ! もう帰る!」


 カバンとギターケースを引っ掴んで、私は自分の分の会計を机に叩きつけて喫茶店を後にした。

 家に帰ると途端に無音が怖くて、私はベッドにそのまま倒れ込んでこっそりスマホに録音したユーリのライブ音源を再生した。

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